現在は旧暦で生活している人は殆どおりませんが、職人や農家などは使用しているまた占い師などもその日付で話しているとも聞いた。
私の生家ても父は陰暦の暦を持ってよく見て居たようだった、それは遠い昔の事だ、その頃の事で思い出す事がある。
陰暦の正月2日は青年団員による「神楽のお祓い」が有り各家々を廻お祓いをして回る行事があった。
我が集落は68家で青年団員は15人位居た様だった、各々の家から祝儀を貰い厄年の家や別途にお祓いをして貰う家もあったのだろう数回神楽舞いをすることも有った。
我が家は2日の始まりから4軒目に当たるので午前3時頃だった。
それは2日の午前0時に集落の神殿に神楽舞いを奉納してから集落の川上の方から順に始まるので我が家は午前3時頃だった、その時は家族全員が起きて座敷2間を開け払い、そこで神楽舞いをして貰うのだ。
一軒での神楽まいは20分は掛かったように思う、お祓いも有るので家全体を暴れ回るのだ、小さい子供が居れば逃げ回る子供を追い回すようにお祓い舞いをする。集落全体を終えるのは午後8時過ぎて居たと兄は言って居た。
小学生の子供達はその神楽お祓い舞いに着いて回るので20人以上が各家家を回る事になる、何故子供達が一緒に回るかというと、各家で青年団にお酒や菓子のお礼がある、子供はそれのおすそ分けに預かる為に一緒に回るのだ。
神楽のある日は早く学校から帰るのが楽しみにしていた記憶がある。
後で判った事だが青年団の活動資金集めの行事だった。各家家からの祝儀で
青年団の活動資金にしていた、また4年間隔で新嘗祭を行う行事も青年団が行って居た若手の団員5人程が祭り衣装で踊りを行う青年団活動があった。
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