学校で道徳教育を推進しようと云う機運が高まっていると報道されている、大変に良い事と思うが、現在の教師は道徳と云う教育を受けていない戦後教育を受けた教師が多いと思う、道徳は家庭での躾けが多い中戦前生まれの親から躾けられた人も現在では70歳以上が多いから現在では家庭でも躾けを重んじる風潮が無い家庭で育ち「道徳」って何だと思う人もいるかもしれない。

道徳とはと思う時には「個人が持っている内なる感情」だからそれを養う教育と云う事になるがそれを急にとは行かない事だろう。

戦後は「個人の自由」に重きを置いているら道徳はややこしくなる、その国や地域の慣習も一種の道徳として捉える事も必要に感じる。 慣習は永い年月を積み重ねてきたものだが「個人の自由」は慣習には合わないことがある、慣習は

永い年月のうちに民主主義に基づいて出来たものと思う、その地域に住んでする人々が多数が良いと思うから続いて居る事で慣習になったのだから民主主義そのものだ、また国の事では日本文字は右手で書くように出来ているのだが学校では「個性の尊重」と云う事で左手で日本文字を書いても「右手で書く」

ようには指導しないという、慣習教育も道徳と思う。