我が国の人生寿命は男性79歳、女性はそれよりまだまだ長寿だ、長寿の祝いとして古希、喜寿、傘寿,盤寿、米寿、白寿、白寿、等々あるが、これは元気な若者が色々と言葉にアヤを付けて年寄を称えた年齢の区切りだ。 昨今は老人を称える事は無くなっているのは「生かされている」老人が多くお金と手間暇が掛かり、言いば「お荷物」だからだろう。 その昔は老人は人々の長老として威厳があり、また廻の人達も敬意を表して接していたものだ。 江戸時代は「老中」「家老」などはその地位の高さは「殿」の次の位で有った、だから年より崇拝されたものだった。

ある先輩は若者が崇拝する意味で老人を敬う事として作った言葉だろうが、年よりにしてみれば、

その一区切りが人生の渡り石みたいで嫌だという、祝いをされると、何だか「ご苦労さん」と云われている感じだ、そのご苦労さんもひねて思ってしまうからお祝いをしてもらうのは嫌だと、私の姉もそれにあたるようだ、だから私はまだまだ元気だというのだ。

先輩から貰ったものが有るので記して置く。

我ら人生60からと云うものだ

1、我ら人生60から、心も身体も元気にて、70で迎えに来たならば、只今お留守と言いなさい。

2、我ら人生70から、何時もニコニコ朗らかに、80で迎えに来たならばまたまだ早いと言いなさい

3、我ら人生80から、何も不足は言いません、90で迎えに来たならばそんなに急くなと言いなさい

4、我ら人生90から、何時も感謝で暮らします、百で迎えに来たならば頃みて行くと言いなさい。


 「磨かずば玉も光は出でざらん、人の心もかくぞ有るべし」という心で日々暮らす事との事ですと。