日々の生活の中に慣れ親しんで継続されてきたから慣習となり互いに同調して絆となり人間関係を深めてきた慣習が少しずつ変化しているように感じて嫌な思いをする事が有る。
慣習はそれを実行しないからと云って罰せられるものではないが人間関係を曇らせる事になる。
我ら住んで居る日本の社会は右側に主点を置いた慣習が多い、武士社会の名残というかもしれないがそれは右手活用の人が大多数だからだ、それは民主主義の根幹だ、それに基づいて発展したのだろう、我が国は民主主義をその昔から実行してきたのである。また文明の根幹である文字文化も右側が主体である、左手で書くようには基本が出来てはいない、これは輸入文化だが慣れ親しんだ慣習として現在に至っている。近年筆記具の発展により左手でも書ける感覚になって来た、それと時を同じくして学校教育も押しつけではなく自発性になり教師として文字は右手で書きましょうとも言えないという、漢字の書き順は教えるが左手で書いている子供には何も指導はしないという。その昔は左手主体で物事をする者を「左ぎっちょ」と言って馬鹿にしたが現在はテレビ等では言ってはいけない言葉という、以前はそんなことで各々の家庭では文字や箸の使い方は右手に変更するように指導して力仕事は左手で行っても文字と食事は右手での人は多々居た、現在でも時折知ることがある、だが核家族になった性か家庭にて指導変更しなくなったのは世の中が他人は他人として仲間意識はなく自分に迷惑でなければ余計な事はしないし相手を尊重するからか、また左で文字を書いても恥ずかしくない環境に何時からなったのだろう。
これ等の日本文化を慣習として継承するのは今生存している我らの義務だと思う。