米余りで減反政策補助金が来年度から無くなると言っても良いほど米作制度が変わる、当県では県の重要産業だ、何百億円というお金が当県には入らなくなる、よって当県のお金の回りが少なくなるということはその分だけ県全体としては良くない事だ、家計にたとえれば一家としての収入が無いことになる、よって子供達の小遣い、お父さんの楽しみや家族の外食などは無くなるように、我らの生活も良くはならない事になる。 なぜ米食が少なくなったのだろう、何かパン食をしていると何か文化的な食生活をしているからか?、米食に味噌汁は何だか昔風で若者家族には受けにいのか

とも思うが、なんとか日本の和食が世界文化遺産に登録された機会に若者にPRしたいものだ。

 話はちょっと変わるが私の生地福島県浜道り地域だが、山際の奥の奥まで水田だっただ事だろうの跡がある、山際の平地は段々畑だった跡もある、私の住んで居た時から思うと明治よりはもっと先に耕していたであろうと思う、私の生家は私の知っている限りでは、現在の甥で5世代に当たる

がその以前に耕していた跡と思う、先祖は江戸の末期頃に北国から雪の無い所に住みたいとの事で越してきてこの地に落ち着いたと聞いている。

その前は江戸時代だから米を年貢として納めるから、米の生産を強制されたから水田開拓に努めたのだろうが、いや隠し水田として耕したのかは不明だが、時代が変わり年貢の必要がなくなったから水田耕作を中止したことにより、その形だけが残っているのかも知れない。

そんたな事で今時代が変わり減反地は昔水田だったという感じで草原になっていくのだろうか。