テニス仲間に79歳の人が居て、現在テニスしている所はその昔果樹試験場で梨など良く貰って食べたものだったと、また隣のグランドや野球場は小山でその上は運動場とのこと、その小山を崩して現在の県庁や市役所の所へ土を盛り県庁や市役所を建てたとの事だ、県庁や市役所の所は水田だったと云う。水田だったで思ったことが有る、現在の県庁から3Km圏には水田は無い、一番近い所でのことで他方3方は4Km以上行っても水田は無い、その昔はかなりの面積が有り米を生産していた、それでも少し不作になれば米を輸入していたのは20年にもならない昔の事だ、現在は
水田は大変な面積が宅地や工業地やショッピングセンターなどに転用されて米の生産高がかなり減った事だろうが米が有り余っている、人口だって20年前よりは減っていないより増えているだろうが食糧米は売れ残り農家は立ち行かなく寸前だ、国民の食環境が変化しているのだろうが高い金額(個々には安いが総額は多い)の食料を外国から買い日本の農業産業を廃業に向かわせているのは我ら国民だ、国民各々が毎日1膳に1椀のご飯を食べて呉れれば良い、いや毎朝1椀のご飯を食べて居れば日本の米は不足気味になると思う、そんな危険な食生活だ、何か事が有れば昭和20年代の環境になるのてはなかろうか。