30年も前に米国のショッピングセンターと卸業の流通を視察に行った時には、日本にも同様のショッピングセンターが出来るとは思っていたが現在のように小都市の商店街を飲み込んでしまうとは思いもよらなかった、米国は車社会だから街部から離れた所に広大な敷地に駐車場を持ち3方から入れるようになっていて便利なショッピングセンターだと思った、日本は商店街がしっかりしている事と土地が高額だからこの様なショッピングセンターは大都市の近くには出来るだろうが地方都市の人口の少ない所では出来ないだろうと思った、ところが現在1つの大企業か一つの商店街を飲み込んでしまっている、日本も車社会になり買い物を運ぶのはやはり車が便利だ、少しくらい遠くても価格や品揃いで商店街は太刀打ちできなくなってしまった、因ってシャッター街になってしまった。
その街に住んでする市民は良く考えてみれば個人の便利優先で生活しているのだが、いつの間にか自分の街は無くなっている、寂れてしまって街の賑わいはなく商店もなく淋しい街になっているのをどのように思っているのだろうか、これから育つ子供達は「ここは駄目だ」と思い街を離れればますます淋しくなる、それは大型ショッピングセンターで買え物すればするほどその街で流通すべき貨幣が他方に流れてしまう事になる、その街へ地域から多くの所得が有れば良いが無ければ何時の日か貨幣は減少して街はやせ細る事になる、だから所得が少なくなる、その街が活気が有る事はその街に勝手に使用できる貨幣が潤っていることである。商店街など無くても良いのだが生まれ育った街ががなくなるのは寂しく思う。