楽しき事は生きている人であれば皆が求める事だ、人それぞれその時その時に感ずるものだ。

幕末の歌人「橘 曙覧」は楽しい事として「独楽吟」に52項目を記している事は現代人にも通じると

クリントン大統領が天皇、皇后歓迎レセプションでその1項目を紹介して日本人の楽しみの精神を

米国との架け橋にと言った事がありましたが私が感じるのは又別だ。

人は一人では楽しく無い他の人と接して互いに語り合う共通項があり互いにその共通項にて同調があると楽しいと思うその共通項に関する人が多ければより楽しいのだ、人間生まれた時の両親、兄弟、幼稚園の仲間、学校の同級生、クラブ仲間、通学仲間、研究仲間、サークル仲間、同じ会社仲間、趣味の仲間、など人生で仲間が出来てその仲間は同じ事柄に付いて同じ行動をした結果に於いて後々に楽しい事が発生する、そしてその後に互いにその共通項に付いて語り合う時が人生の楽しみだ、それらの事柄に携わった者は皆友達だ、それら友達は時折々にそれらの友達と合って楽しもうと思っている。

 たのしみは客人(まろうど)えたる折瓢に酒のありあへる時 … 橘 曙覧