父がその子供をあわれむように、主はおのれを恐れる者をあわれまれる。 主はわれらの造られたさまを知り、われらのちりであることを覚えていられるからである。 人は、そのよわいは草のごとく、その栄えは野の花にひとしい。 風がその上を過ぎると、うせて跡なく、その場所にきいても、もはやそれを知らない。 しかし主のいつくしみは、とこしえからとこしえまで、主を恐れる者の上にあり、その義は子らの子に及び、 その契約を守り、その命令を心にとめて行う者にまで及ぶ。 主はその玉座を天に堅くすえられ、そのまつりごとはすべての物を統べ治める。 主の使たちよ、そのみ言葉の声を聞いて、これを行う勇士たちよ、主をほめまつれ。 そのすべての万軍よ、そのみこころを行うしもべたちよ、主をほめよ。 主が造られたすべての物よ、そのまつりごとの下にあるすべての所で、主をほめよ。わがたましいよ、主をほめよ。
 (詩篇103篇13-22節)

神の御言葉には美しい約束がたくさんあり、それらは私たちを魅力的な結果へと導きます。 結果は人を引き付ける魅力的なものです。 私たちの欲望の針先はそうした結果の方向を向きます。 しかし、必ず条件があります。 条件が満たされていないと、針先は揺れ続けます。 満たされたときは、その目的に忠実であり続けます。 それらを実行するために神の規律を思い出すことで、針先が安定します。針先は、確実に来る結果を真実かつ真っ直ぐに示します。 私たちが従順に夢中になれば、結果は必ずやって来ます。

 出典:The Bent Knee Time, July 28