神は与える方であり、ご自分の子供たちが与える人になることを望んでおられます。与えることは、利己主義の反対です。与えることは、行動する愛です。そして、神は与える人を祝福されます。
「与えよ。そうすれば、与えられる。良い量りが、押しつけられ、揺り動かされ、あふれ出て、あなたのひざに注がれる。あなたが使うはかりで、あなたにもはかられるからです。
(ルカの福音書6章38節)
あなたの財産と、すべての産物の初なりをもって主をあがめよ。 そうすれば、あなたの納屋は豊かさで満たされ、あなたの酒ぶねは新しいぶどう酒であふれるでしょう。(箴言3章9~10節)
だれでも、これらの小さい者のひとりに、私の弟子だからといって、一杯の冷たい水でも与えるなら、真実に言って、その人は必ず報いを失わないでしょう。(マタイの福音書10章42節)
わたしの考えはこうである。少ししかまかない者は、少ししか刈り取らず、豊かにまく者は、豊かに刈り取ることになる。 (7) 各自は惜しむ心からでなく、また、しいられてでもなく、自ら心で決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛して下さるのである。 (8) 神はあなたがたにあらゆる恵みを豊かに与え、あなたがたを常にすべてのことに満ち足らせ、すべての良いわざに富ませる力のあるかたなのである。(第二コリント人への手紙9章6~8節)
神は不義なかたではないから、あなたがたの働きや、あなたがたがかつて聖徒に仕え、今もなお仕えて、御名のために示してくれた愛を、お忘れになることはない。
(ヘブライ人への手紙6章10節)
自分の持ち物を売って、貧しい人々に施しなさい。自分のために、すり切れることのない財布を用意しなさい。盗人が近寄らず、蛾が滅ぼさない、尽きることのない天にある宝物を用意しなさい。(ルカの福音書12章33節)
わたしはすべてのことにおいて、主イエスご自身が言われた言葉を思い起こしながら、このように一生懸命に働くことによって、弱い者を助けなければならないことを、あなたがたに示したのです。受けるよりも与える方が幸いである』」。(使徒の働き20章35節)
このように、神は、人々が与えることを奨励するために、インセンティブを備えたシステムを設計されました。神は、現在も来るべき時代も、与える人を祝福すると約束されています。
私たちは、天の父のように、与える者になります。