前回は感情が表に出なくなったという話で終わりました。

 

別に表情が全く変化しない能面のようになった訳では無く

感情というものに対して物凄く鈍感になっていってたのです。

 

辛いことや哀しい事に対して、我慢する事を覚えた為か

嫌なことに対しても、素直に表現できなくなったりして

自己主張のようなものができなくなりました。

 

感じたものが無かった訳ではないんです。

でも感覚した量が少なくて、自分の中で

うまく拾えなかったんだろうと思います。

 

だから感じたものをうまく出そうとして

小さく感じたことを、大きく表現しようとしました。

実際以上に背伸びしている感じです。

 

今思えばその結果、心のフタがもっと重くなりました。

 

中学生によくある反抗期ですが

僕はそんな事したくなる気分にはならなかったけど

なんか反抗期やっとかないと、おかしいのかな?と思い、

その気も無いのに学校で反抗期風のポーズを取って

すぐにメッキが剥がれて止めることになったり

 

同時期に感じた初恋のようなものは

残念ながら破れたのだと騒いだりしたけど

実は世間が言うほどの痛みが無さすぎたので

その痛みを感じようと探り続けたけれど

結局感じる事が難しすぎて諦め

あれは恋では無かったんだと結論づけたりして。

 

また、バスケ部に入ったりもして

食事中にシュートフォームのチェックして

母親に呆れられたりするほど取り組んでいたけれど

結局最後の試合で負けたところで

涙を流すような事も無く終わりました。

(その試合、勝ってれば全国行きだったんですが)

 

最初はあまり周囲とウマが合わなかったりしたけれど

最後は結構熱入れて取り組んでいたので

負けたことに対するショックが、もっと来て欲しかったんですが

中途半端な敗北感がずっと頭に残ってただけでした。

 

高校受験に失敗した時も

やっぱりショックではあるものの

泣く程ショックで無かったのがショックで

必死こいて涙流そうとしたけど無理だった。

 

そのように自分が受けたショックを

表に出せなかったことで、もっと出そうとした結果

返って心に力みが生じて、変な着地点に着いた気がします。

ボールを投げようとしているのに

指先に力を入れてボールを話さないような感じです。

 

 

中学時代は割と成績が良かった為か

それに鼻をかけたような嫌味な人間でしたが

反動なのか、高校時代は割と明るいキャラ演じてました。

 

でもそれは道化のような感じでした。

学校初日の授業で、既について行けず

バカやって生きていくしか無かったのです。

 

太宰治の人間失格で例えるなら、幼い頃の主人公が

ワザとバカやってみんなの歓心を買おうとしてたように

そして、誰も面白いと思ってなかったです。

簡単に言えば、ジョークセンスに欠けてたんです。

 

おまけに肝心なことは何も言わないタイプだったし

更にいえば、そこは進学校なんですが僕は

その中で成績底辺の人間で、時間が経てば経つほど

周囲との共通点が無くなってきて

やっぱり周囲から人はいなくなってきました。

 

その間も、ずっと何かを感じたかったので

色々な思いに寄りかかろうとしたんですが

どれも、自分の中で答えを出しても

感覚的にフィットしなかったんです。

 

映画を観て、アレはこう感動したとか

色んな事言ったりしてはいるものの

ちょっと「こう感じるべきかな?」

という方向に無理矢理シフトしようとして

本当の感覚とはズレていたりするのです。

 

思春期の激情みたいなものを感じたくて

尾崎豊を聴きまくってシャウトしたりしても

結果的には少しズレていたんですね。

(思春期というのはそういうものかも知れませんが)

 

学歴の為に大学行って遊ぶだけみたいな連中を軽蔑して

大学を見ても無いのに嫌うことに決めたりして。

中身の無い夢にしがみつこうとしたり

自分の感情を文字でプログラムするような思春期でした。

 

音楽が好きだったので、「俺は27歳で死ぬんだ」と

ロック好きなら割と考えるようなことを思ってて

(27歳で死んでるスターがあまりに多いので27クラブという言葉がある)

 

そして28歳の誕生日を迎えた日に

俺はロックスターじゃなかったんだ・・・とか

当たり前だろうとツッコミを入れたい感情に浸ったりしました。

スターっぽいことは、何一つやって無いのです。

クラブで酒飲んでヘンテコ踊りするか

酒飲み過ぎて救急車で運ばれる位です。

 

そのように自意識的に植え付けた感情が

本当の自分であることから遠ざけていました。

 

そんな時に20歳過ぎ位に

成人式を期に交流をはじめた友達から

村上春樹の「ノルウェイの森」を借りて読んだ時

初めて自分と重なる言葉に出会えたような気がしました。

 

それからは自分にフィットする言葉を

mixiなんかで書き出したりして

少しずつ、自分の言葉を出せるようになったりして

知人友人もはじめは読んでくれますが

所詮自分語りなど、興味が無くて

同時にリアクションが無くなってきました。

 

(このブログも、それしかしてないのに

読んでくれている人は、本当に有難いです)

 

それで段々とmixiから離れて、Twitterでも

自分にフィットする言葉をたまに呟き

少しずつ自分の感情を言語として出せるようになり

(相変わらず興味は持たれて無いけれど)

 

自身の行動も、そのようにフィットした感覚を

少しでも追うように努めてきたところ

 

数年前に他界した祖父母の葬儀では

涙を流すことができて、その事に対して

哀しみと同時に安堵感もあったのを覚えています。

 

 

実際、祖父母が亡くなる前は

余りに泣いてない時間が長かったので

「俺身内が死んでも泣けないんじゃね?」と

すごく思っていたのですが、杞憂でした。

 

ですが僕が30歳の時に祖父が脊髄損傷を起こし

寝たきりになったのをきっかけに家事を手伝いはじめて

家族との関わりが増えることで、向き合ってなかったとしたら

もしくは、その前に亡くなったとして泣けていたかどうかは

ちょっと難しいだろうなと思える程には

まだまだ不感症気味の感性です。

 

 

未だに自分の感受性に対しては劣等感があって

笑い方が変な顔になったり

リアクションに困って挙動不審になったり

何か言葉を出そうとしたら単語しか出なくて

うまく喋ることができないとか

感情そのものはまだイビツな気がしてます。

 

色々と歪んだ表現しかできなかった人生ですが

芯伝整体の講座を受けていて思うのは

そういった歪んだ自我がどこに向かっているのか

またそれを止めた時に起こる力の流れが

どのような変化を起こすか

 

その時に起こる調和や共鳴、一体感のような感覚を

様々な方法で、相手と共有することを学んでいるところです。

その感覚を整体に用いるだけで、身体も緩みます。

 

普通の指圧や押圧をするだけだと、肉体が反発するんですが

芯伝整体は受け入れることで緩みがはじまります。

そこには無理矢理肉体を整えることで

肉体がそれに反発してしまうようなことではなく

もっと自然の摂理のような深さを感じます。

 

整体不信者だった僕が

身体の使い方に興味があったり

感受性に問題を抱えながら

うまく対処しようと試みたり

 

その解決には全て自我を無くした

自然の流れに基づく動きに

集約されていていると思えるのです。

 

そういう動きを手に入れたいと思って

また、世に活かしたいと思って

今、自分と向き合って講座に取り組んでいます。

 

ここまで長い間、お読みいただきありがとうございました。