「戦況日々に激しく南の戦線に出ることゝなる。
もとより待機してゐた身には当然かも知れぬが、直面してみれば、
やはり征衣の凡々兵である。否凡人以下の人間である。
目をつぶつてみる、頭に浮かぶものは愛らしい子供、妻、父、母、妹等々。
門出の前夜「私を未亡人にしてはいや」
と言つた君の顔が、目が、忘れられない。
しかし今は、
きびしい戦に純粋な国家への思ひをのみ盛つた征衣へのおあづけだ。
生死の運命と共に。
たゞ君に願つて置くことは、
我が生死の問題を超越して常にきみが結婚当初の感激に生き、
心身共に理知美と、健康美に生きていつてくれることのみです。
数々の思出を心に育くむことにより、生ありて帰れる日が来れば、
その時の新たな感激こそわが生涯通じての極みだと思ふ。
留守居の安泰を祈ることは結局きみと愛児の無事を祈ることであり、
君と克子とへの愛着である。
勿論自分をかくあらしめてくれた両親への限りなき感謝は別として
広いこの世界に君といふ好伴侶者を持ち、
克子といふいとし子を持ち得たことは、自分の最も幸福なことである。
生命への自信をもつて南へ征くつもりだ。どうか現在の君のまゝでよい。
そのまゝの精神と健康がほしい。
静かな中に、情熱に生き、情熱の中に静かな、
性質の持主であつてほしい。
きみの顔が浮かぶ。きみのまぼろしがうかんで消えない」
愛する妻へ宛てた遺書
東部ニューギニアにて戦死 陸軍歩兵伍長・篠崎二郎氏
昭和42年12月に靖國神社の社頭に掲示された遺書より