昨日2012年2月15日(水)、第11回の伊勢哲学カフェを開催しました。
参加者は4名。
天気があまり良くない中、参加して下さった方々には感謝申し上げます。
昨日のテーマは「居場所」について。
(でも、居場所について話し合いが始まる前の雑談が、
なぜか盛り上がったのがおもしろかったです。)
能に興味を持ってから、居場所ができたと語る人。
能楽堂が居場所なのかと思ったら、
能に関心を持つということ自体が居場所だそうです。
それまでは優等生として、
周囲の目を気にしながら生活してきたけれども(あるいは、だから)、
読書の経験がブレない自分を作り出し、
その後、いろんな場所が居場所となりうるようになったと話してくれた別の方。
この二人は、いわばこころのなかに居場所があるとのことでした。
ある場所が居場所となるためには、
そこに集まる人々に認められることが必要ではないか?
では、自宅は居場所なのか?
自宅が居場所となるためには、実は自宅の外にも居場所がある人だ、
たとえば自宅外に居場所がないために自宅に引きこもっている人にとって、
自宅は居場所ではなく、
仕方なくいる場所にすぎないのではないか?
などなど、いつも通り、いろんな話ができました。
私の個人的印象ですが、
いつも以上にみなさんが楽しく話せたのではないかと感じました。
次回は2012年3月21日(水)19~21時の予定です。
テーマは「身近なことから日本の文化を考える」。
たとえば、和食ということばがあります。
でも、和食の店でもカレー丼なんかが出されます。
ふと、「これも和食か……」と
なんとなく違和感を覚えたことがあります。
輸入文化が日本文化だとも言えますが、
あまりそういうおおばっぱな話ではなく、
身近なものやことがらから
「日本の文化って、何?」
という疑問を考えたいと思います。
参加者は4名。
天気があまり良くない中、参加して下さった方々には感謝申し上げます。
昨日のテーマは「居場所」について。
(でも、居場所について話し合いが始まる前の雑談が、
なぜか盛り上がったのがおもしろかったです。)
能に興味を持ってから、居場所ができたと語る人。
能楽堂が居場所なのかと思ったら、
能に関心を持つということ自体が居場所だそうです。
それまでは優等生として、
周囲の目を気にしながら生活してきたけれども(あるいは、だから)、
読書の経験がブレない自分を作り出し、
その後、いろんな場所が居場所となりうるようになったと話してくれた別の方。
この二人は、いわばこころのなかに居場所があるとのことでした。
ある場所が居場所となるためには、
そこに集まる人々に認められることが必要ではないか?
では、自宅は居場所なのか?
自宅が居場所となるためには、実は自宅の外にも居場所がある人だ、
たとえば自宅外に居場所がないために自宅に引きこもっている人にとって、
自宅は居場所ではなく、
仕方なくいる場所にすぎないのではないか?
などなど、いつも通り、いろんな話ができました。
私の個人的印象ですが、
いつも以上にみなさんが楽しく話せたのではないかと感じました。
次回は2012年3月21日(水)19~21時の予定です。
テーマは「身近なことから日本の文化を考える」。
たとえば、和食ということばがあります。
でも、和食の店でもカレー丼なんかが出されます。
ふと、「これも和食か……」と
なんとなく違和感を覚えたことがあります。
輸入文化が日本文化だとも言えますが、
あまりそういうおおばっぱな話ではなく、
身近なものやことがらから
「日本の文化って、何?」
という疑問を考えたいと思います。