車のEV(電気自動車)化が世界的に進んでいる。その典型的な企業例として、EVのリーダーカンパニーであるテスラ社と、車の販売台数世界一でガソリン車(ハイブリッド含む)を主軸とするトヨタ社のバトルが引き合いに出されることが多い。
EVのテスラを押す主な根拠としては、脱炭素など地球環境保護の観点、運用コストが経済的、電気(電子)ならではの豊富な機能とリニアでパワフルな加速などだろうか。一方のトヨタを押す主な根拠としては、従来からの運転する楽しさに加え、現在のEV車の電池は充電に時間がかかる、走行距離が短いなどまだ未成熟という点が大きいようだ。トヨタはつい最近、全個体電池構想やテスラのオハコだった生産技術ギガキャストを導入すると発表し、国内ではトヨタ健在の機運が高まった。
さてこの対決構図、これまでも同じような光景を見てきた気がする。アナログ対デジタルの構図である。40年ほど前のレコードとCD、20年ほど前のカメラとデジカメ、10年ほど前の本と電子書籍などだ。これらはそれぞれに十分な時間が経過していて、その顛末ははっきりしているので、復習できる。
CDはレコードを一気に抜き去ったが、そのCDはいまではストリーミングなどのネット配信に圧倒されている。デジカメも同様にアナログカメラを駆逐したが、いまではスマホのカメラの進化で市場を奪われている。電子書籍について言えば、上記とはちょっと違い紙の本はしっかり残り、電子書籍が併存する形になっている(これには本質的理由があると思うがそれはまたの機会に)。ただし、広い意味での電子出版であるブログやSNSなどのネットコンテンツを考慮すると、量的には実はネットが主流となっている。
つまり、この問題の本質は、アナログがいいかデジタルがいいかという狭義な製品の優劣に止まらず、音楽でのネット配信、写真でのスマホカメラ、出版でのネットコンテンツのように、デジタルにはその先の進化があるという点にまで視野を広げないと見えてこない。
製品が一旦デジタル化されればそれ自体が進化を続けるが、それに加え、そこで使われるデジタルデータを活用して、新たな製品やサービスを生み出していく。その具体的な力はコンピューターとネットワークとソフトウェアである。この枠組みこそがデジタルの本質的パワーであり、生態系だ。
トヨタの趨勢は、ビジネスとしてだけでなく日本人として大いに気になるところだが、テスラははなからトヨタを目標にしていないと思う。テスラが目標にしているのは移動全体のデジタル化だと思われる。自動運転はその最たるもので、テスラは当初よりこれに大きな投資をしてきている。あらゆるデータを取得し、常にネットで通信を行い、演算し、処理して行動する。2023年の今年、サンフランシスコではテスラ社による完全自動運転タクシーの運行が許可された。
別の視点として、EVの充電コネクター仕様でもその違いの一端が見える。トヨタを筆頭に日本が提唱しているCHAdeMO(チャデモ:茶でも)には充電以外の情報のやりとりをする機能はないが、テスラが提唱するNACS(North American Charging Standard:北米充電規格)には決済機能などの情報通信規格が盛り込まれており、今後のネットとの融合などの発展を期待させる。おそらくテスラはエネルギーのインフラを狙っているのではないだろうか。(それぞれの命名に思い入れの違いが見える)
テスラ車が目指しているのは「走るスマホ」だとの見解があるが、私は「スマートカー」と言ったほうが適切だと思う。スマートフォン、スマートテレビ、スマートカー、……。デジタル時代のトレンドはスマート化だと思う。スマートとは英語で賢いとか気が利くという意味だが、今後はいま話題のAIが組み込まれていくのは想像に難くない。
「トヨタとテスラの勝負?」はガソリンエンジンのモーター化という狭い視点で見ていると、木を見て森を見ずになり、またこれまでのガラパゴス現象を再演してしまうことになるだろう。もしEV化(デジタル化)のトレンドに身を委ねるなら、トヨタに限らずいまの日本の車メーカーに必要なのは、広い視野に立って(車業界だけでなく)世界の動きを見ることと、ソフトウェアとネットワーク連携を思いっきり強化することだと思う。
しかし、いまレコードがCDの売上を逆転したように、若者の間でチェキなどのポラロイドカメラが人気なように、依然として紙の本が健在なように、デジタル化せずメカとしての車を追求していく道もあると思う。私も車の運転が好きなのでそのイメージは想像できる。ただ、その際の市場はいまより大きく減少することは覚悟しておかなければならないだろう。
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