先日わたしが、「鳥海山の落書き…」というタイトルで問題提起をしたところ、16名の方からコメントがあり、賛否両論含めて含蓄に富むご意見をいただきました。ありがとうございました。
 
イメージ 1
     モルゲンロートに染まる鳥海山   美しかったです。
 
 そのような中で、ある宮司さんから目からウロコというか、額から汗というか、自分が考えもしなかったご指摘を頂きました。要旨はこうです。
 
 「落書きと思われたのでしょうが、岩に合掌ないしかしわ手を打ち、時間をかけて名前を彫る願掛けがほとんどなのです。代々地元の人間がこの山とどのような形で何を思ってかかわってきたかを考察していただきたいと思いました。」
                                
 
イメージ 2
    鳥海山山頂  右上の岩に彫りものがあります。
 
 
 私は、脳天をハンマーで叩かれた気持ちになりました。
 
 山岳信仰については少しは知っているつもりでしたが、実は全く知らず、信仰心を持ってこの山に関わってきた方々の気持ちを傷つけてしまいました。
 
 観光地などの落書きと山岳信仰による願掛けとの区別がつかず、同一視してしまったこと、そして関係者各位に不快な思いをさせてしまったこと、心よりお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。
 
  一度ネットに流れてしまったものはなかなか消えませんが、この記事がある程度の方々の目に触れ、鳥海山頂の岩に彫られた名前や言葉の意義を宮司さんの言葉を通してご理解頂いた頃合いを見て、「鳥海山の落書き~」の記事を削除したいと思います。
 コメントを頂いた方には大変申し訳ありませんが 、「鳥海山の落書き~」の記事が残るとさらに誤解を生む可能性があるのでお許しください。
 
  ただ、「鳥海山、落書き」でネット検索すると十数件のブログや記事、掲示板のコメント欄に、 「あの落書きは許せない」とか「落書きにガッカリ」など、私と同様の誤解に基づく意見が見つかります。 山頂であの彫り物を見たとき、その意義を理解できる方法はないものかと感じました。
 
 私としては今回、宮司さんにご指摘頂いたことに感謝しています。というのは、鳥海山だけでなく、その他の山にある彫り物や木に彫られた願いなどの意味を理解できただけでなく、地元の人々の厚い信仰を抱く鳥海山をますます好きになれたからです。
  さらに、宮司さん以外にも同様のご指摘をして頂いた方がおり、感謝申し上げます。
 
 今回の記事では、私自身、反省とともに大変勉強になりました。皆さんにお詫びするとともに感謝申し上げます。
 
イメージ 3
     矢島方面から見た、夕日に染まる鳥海山    素晴らしい山です!
 
 
  *6月6日、お約束通り「鳥海山に~」の記事は削除いたしました。