2026/05/31 磯町慶光院奉曳団お木曳 宮川~内宮の唯一の奉曳
【慶光院曳】
応仁の乱などの世情から荒廃していた伊勢神宮の状況を憂い伊勢の国の慶光院(臨済宗・神護山)の守悦、智珪、清順、周養、周清は諸国に御造営資金を呼びかける旅をして勧進を行い宇治橋の架け替えや戦乱で中断していた神宮の式年遷宮を復興させました。
この功績により文禄三年(1594年)に豊臣秀吉から磯村の百石の領地を与えられました。
磯の人々には、神宮よりご用材の中で一番太い皇大神宮御正殿の御扉木を奉する特権が与えられました。
町の奉曳は「慶光院曳」と称します。
内宮領の奉曳は川曳が基本ですが当奉曳団は宮川河畔から内宮まで陸路を奉曳する唯一の奉曳団です。
地元・豊浜地区の誇りであるこの成り立ちを自ら体験し、その思いを次の世代へ受け継いでいくためにも父(77)を含め、家族全員で参加しました。
※20年前も参加。その際は娘たちは4歳、0歳。
※父は仕事ひとすじで、これまで参加したことがなかったということで、年齢的にラストチャンスを逃さないよう調整
私は地元から離れて住んでいますが、このような郷土文化などを大切にしたい精神で、これ以外にも樫原は高羽江神社の頭屋を担っており、その行事にも参加しておりました。
※父も高羽江神社の頭屋番、総代役員などを遂行
慶光院曳は、唯一、総距離9km、約12時間の長丁場の曳
父はこの日も、きゅうりの朝収穫しなければならないということで、朝は少し遅れて途中から参加。園芸農業のしんどいところ。作物の成長は待ってくれません。
英敬さん(旧三重県知事、現自民党衆議院議員)、すずけんさん(現伊勢市長)、他著名人(父世代の引退組の方々等も)、慶光院家様とも力をあわせて曳かさせて頂きました。
娘たちは、午後一から合流。
20年前と同じ画角で娘らとの写真撮影を試みたり、感慨深い時を過ごせました。
(20年前は娘らを抱っこしてましたが、さすがに娘らから拒否というかムリでしたが、それっぽい20年の経過を見れる写真を残すことができました)
20年前は内宮宇治橋到着の段階でひきあげましたが、今回はそこから、おはらい町(石畳)の風情ある曳とラストまじかのハイテンションモードの練り、ラストスパートのエンヤ曳(走り曳)完全燃焼で最高でした。
エンヤー!
次回20年後、74歳、できるかな。。できるようにかんばります!!
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