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野球選手」に影響を与えたのは「ドカベン」をはじめとする水島新司さんの野球漫画ではないでしょうか???
ドカベンといえば今でも少年チャンピオンで続編が続いている定番の野球漫画。
今回はドカベンをはじめとする数々の野球の名作品を生み出している水島さんを分析させていただきました(^-^)
水島 新司さんは1939年4月10日生まれ。
「本質の個性」(ひとりのときの性格)は
「協調性のないひつじさん」
「表面の個性」(みんなといるときの性格)は
「たぬきさん」
「生き方・ポリシーのタイプ」は「ユニークさん」
という水島さん。
では、まずこの方のご経歴を・・・
中学は新潟市立白新中学校に通っており、当時同校に隣接していた新潟明訓高等学校への進学を希望していたものの、家庭の経済状況を勘案して高校進学を断念した水島さん。
そうした思いから、のちの『ドカベン』では「明訓高校」が舞台となっています。また、登場人物の不知火選手が所属する「白新高校」の名称も通っていた中学校から取ってます(^-^)
なお、中学も家業の酒屋の手伝いのため欠席も多く、卒業が危ぶまれた事もあったとか(^_^;)
中学卒業後は水産問屋に就職し、平均睡眠時間4時間の激務の中、漫画を執筆し「日の丸文庫」へ投稿して入選した水島さん。
その結果「漫画家志望」のため大阪へ行くこととなり、「日の丸文庫」社長宅に住み込んで社員として働くように。しかしまたも短い睡眠時間の激務の中、並行して漫画を執筆したそうです(^_^;)
そんな水島さんは1958年、日の丸文庫所属を経て独立。『てなもんや三度笠』の漫画化などを行います。
また1964年には上京、『週刊少年キング』で多くの作品を描くように。
当初は野球以外の漫画も描いていましたが、本格的な野球漫画として1969年に『エースの条件』、1970年から『週刊少年サンデー』や『週刊少年チャンピオン』に仕事の幅を広げ、最初の大ヒットとなる『男どアホウ甲子園』、『銭っ子』をそれぞれ連載。また1972年からは『月刊少年マガジン』で『野球狂の詩』を読み切り不定期掲載、『週刊少年チャンピオン』で『ドカベン』を連載開始。
1973年からは『ビッグコミックオリジナル』で『あぶさん』を連載開始。
ここで野球漫画の第一人者としての地位を確立し、以降1975年に『男どアホウ甲子園』の続編『一球さん』を『週刊少年サンデー』に、1976年に『球道くん』を『マンガくん(少年ビッグコミック)』に発表、、、、とまだまだ作品発表は続きます(^_^;)
その後1983年には自身が今まで描いてきた高校野球漫画の集大成作品、かの有名な『大甲子園』を発表。『ドカベン』を中心に『野球狂の詩』『男どアホウ甲子園』『一球さん』『球道くん』『ダントツ』などの人気漫画の、それまで意識して描かなかったという登場キャラクターの高校3年の夏の大会を描きましたね(^-^)
以後も作品をまだまだ発表しますが、かの清原和博さんの希望もあって、1995年に『ドカベン プロ野球編』(週刊少年チャンピオン)を、リメイクブームの風潮から1997年に『野球狂の詩 平成編』(ミスターマガジン)を連載開始。
2000年代に入るとこれらのさらなる続編となる『新・野球狂の詩』(モーニング)を、『ドカベン スーパースターズ編』を2004年にそれぞれ連載を始め、今もなお野球漫画を描き続けています(^-^)
では、ここからは水島さんのエピソードなどを・・・・(^-^)
南海ホークスを買収した直後の1988年、当時の中内功オーナーとお互いのマネージャー、秘書無しで一対一で会食した水島さん。中内さんが社員に「ホークスのことは誰に聞いたら一番よく分かるのか」と尋ねたところ、全員が水島さんの名を挙げたとそう(^_^;)中内は水島さんの話を聞きながら、一生懸命にメモをしていたということです・・・
また「あぶさん」と「ボッツ」という2つの草野球チームを主宰されている水島さん。漫画作品の執筆のかたわら年間60試合前後に出場し続け、投手として200勝を達成した時には自費で名球会入り記念パーティーを催したそうです(^_^;)
一方で、メジャーリーグを嫌っており、当時ダイエーに在籍していた井口資仁選手がメジャー移籍を球団に希望したニュースが流れた際、
「何故日本で、日本のファンの前でプレーしてくれないのか」と疑問を呈し、「メジャーの選手が凄い凄いと言っても、漫画の世界ではそれ以上のものが描ける」と表現。
ですが、実は「本当はドカベン山田太郎がメジャーリーグで活躍する場面を描きたかったのだが、実在メジャー選手を描くとなると、高額の肖像権料を請求される。だからドカベン・メジャーリーグ編は描けないんだ」と語っているそう。
権利意識の高まりを受け、さまざまな制約が生まれ描きにくくなってしまったのが原因であるようです・・・・
かの有名な水島漫画の「ドカベン」「あぶさん」ですが、今度はこのエピソードをみていきましょう・・・
漫画家の水島さんですが、鈴木則文監督の実写映画『ドカベン』(1977年)には、なんと自ら明訓高校監督の徳川役で出演(笑)殿馬役の川谷拓三らを相手に楽しそうにノックする姿を観る事ができるそうです(^-^)
また1973年、『あぶさん』の連載にあたり、主人公・景浦安武の「入団交渉」のために当時の南海ホークス選手兼任監督であった野村克也さんを訪ねた時に、好きな球団を聞かれ「セは阪神、パは南海です」と答えたところ、「好きな球団は1つでええ」と言われたためその後はホークス一筋であったとか。
また、『野球狂の詩』でプロ初の女性投手である水原勇気にリアリティを持たせるため、多くのプロ球界関係者にアドバイスを求めたところ、唯一前向きなアドバイスを与えてくれたのが野村さんであったそうです(^-^)
一方で、伊集院光さんが水島さんにインタビューした際、「ドカベンを描いていて一番驚いた事はなんですか?」という質問で伊集院さんは「ファンの反響の多さ」等の答えを予想していたそうですがそれに対しての水島さんの回答は「ネームでは岩鬼が三振するシーンを描いたのに、ペンを入れたら岩鬼がホームランを打ってしまった」と答え、伊集院さんを唖然とさせたとか(笑)
では、次は水島さんの個性を検証していきましょう・・・・
「本質の個性」(ひとりのときの性格)は「協調性のないひつじさん」という水島さん。
◆情報収集家
◆はっきりと物事が言える
◆好き嫌いが激しい
といえば、周りが認めるほどの南海ホークスマニアであるところ、それでありながらも、漫画のために野球関係者にアドバイスをもとめるところ、そしてメジャーリーグ嫌いであることをはっきり言っているところがまさに・・・かもしれませんね(笑)
また「表面の個性」(みんなといるときの性格)は「たぬきさん」のこの方。
◆究極の逸品が好き
◆自分の出番待ちをする
といえば、自分の作品の現実のプロ野球選手を「出場」させているところ、監督として映画出演、そして、自身の主催するチームで、記録達成のお祝いをするところなどが当たっているのでは・・・・・・(笑)
最後に「生き方・ポリシーのタイプ」は「ユニークさん」の水島さん。
ユニークさん=個性的に頑固な冒険人間
■夢とロマンを追いかける束縛を嫌う自由人。常識や伝統にとらわれずどこへでも気の向くままとびだしていけるタイプ
■基本的に反体制であり、あまり本音を言わないのでつかみづらい印象。
■世間の価値観やルールに縛られないので、型破りな人生を送ることも。
といえば、まさに水島さんの漫画家・・・のみならず野球マニアとしての生き方そのものではないでしょうか。エピソード最後での伊集院さんのインタビューでも「型破りな傾向」がちょっとでていますね(笑)
ちなみに、たまに漫画作品内の選手と現実の選手の区別がつかなくなってしまうこともあるそうです(笑)
そんな水島さん。漫画界では他の漫画家さんからも尊敬されるようになってしまいましたが、まだまだご活躍が楽しみですね(^-^)
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多くのサッカー選手に影響を与えた漫画は「キャプテン翼」ですが、一方で多くの
野球選手」に影響を与えたのは「ドカベン」をはじめとする水島新司さんの野球漫画ではないでしょうか???
ドカベンといえば今でも少年チャンピオンで続編が続いている定番の野球漫画。
今回はドカベンをはじめとする数々の野球の名作品を生み出している水島さんを分析させていただきました(^-^)
水島 新司さんは1939年4月10日生まれ。
「本質の個性」(ひとりのときの性格)は
「協調性のないひつじさん」
「表面の個性」(みんなといるときの性格)は
「たぬきさん」
「生き方・ポリシーのタイプ」は「ユニークさん」
という水島さん。
では、まずこの方のご経歴を・・・
中学は新潟市立白新中学校に通っており、当時同校に隣接していた新潟明訓高等学校への進学を希望していたものの、家庭の経済状況を勘案して高校進学を断念した水島さん。
そうした思いから、のちの『ドカベン』では「明訓高校」が舞台となっています。また、登場人物の不知火選手が所属する「白新高校」の名称も通っていた中学校から取ってます(^-^)
なお、中学も家業の酒屋の手伝いのため欠席も多く、卒業が危ぶまれた事もあったとか(^_^;)
中学卒業後は水産問屋に就職し、平均睡眠時間4時間の激務の中、漫画を執筆し「日の丸文庫」へ投稿して入選した水島さん。
その結果「漫画家志望」のため大阪へ行くこととなり、「日の丸文庫」社長宅に住み込んで社員として働くように。しかしまたも短い睡眠時間の激務の中、並行して漫画を執筆したそうです(^_^;)
そんな水島さんは1958年、日の丸文庫所属を経て独立。『てなもんや三度笠』の漫画化などを行います。
また1964年には上京、『週刊少年キング』で多くの作品を描くように。
当初は野球以外の漫画も描いていましたが、本格的な野球漫画として1969年に『エースの条件』、1970年から『週刊少年サンデー』や『週刊少年チャンピオン』に仕事の幅を広げ、最初の大ヒットとなる『男どアホウ甲子園』、『銭っ子』をそれぞれ連載。また1972年からは『月刊少年マガジン』で『野球狂の詩』を読み切り不定期掲載、『週刊少年チャンピオン』で『ドカベン』を連載開始。
1973年からは『ビッグコミックオリジナル』で『あぶさん』を連載開始。
ここで野球漫画の第一人者としての地位を確立し、以降1975年に『男どアホウ甲子園』の続編『一球さん』を『週刊少年サンデー』に、1976年に『球道くん』を『マンガくん(少年ビッグコミック)』に発表、、、、とまだまだ作品発表は続きます(^_^;)
その後1983年には自身が今まで描いてきた高校野球漫画の集大成作品、かの有名な『大甲子園』を発表。『ドカベン』を中心に『野球狂の詩』『男どアホウ甲子園』『一球さん』『球道くん』『ダントツ』などの人気漫画の、それまで意識して描かなかったという登場キャラクターの高校3年の夏の大会を描きましたね(^-^)
以後も作品をまだまだ発表しますが、かの清原和博さんの希望もあって、1995年に『ドカベン プロ野球編』(週刊少年チャンピオン)を、リメイクブームの風潮から1997年に『野球狂の詩 平成編』(ミスターマガジン)を連載開始。
2000年代に入るとこれらのさらなる続編となる『新・野球狂の詩』(モーニング)を、『ドカベン スーパースターズ編』を2004年にそれぞれ連載を始め、今もなお野球漫画を描き続けています(^-^)
では、ここからは水島さんのエピソードなどを・・・・(^-^)
南海ホークスを買収した直後の1988年、当時の中内功オーナーとお互いのマネージャー、秘書無しで一対一で会食した水島さん。中内さんが社員に「ホークスのことは誰に聞いたら一番よく分かるのか」と尋ねたところ、全員が水島さんの名を挙げたとそう(^_^;)中内は水島さんの話を聞きながら、一生懸命にメモをしていたということです・・・
また「あぶさん」と「ボッツ」という2つの草野球チームを主宰されている水島さん。漫画作品の執筆のかたわら年間60試合前後に出場し続け、投手として200勝を達成した時には自費で名球会入り記念パーティーを催したそうです(^_^;)
一方で、メジャーリーグを嫌っており、当時ダイエーに在籍していた井口資仁選手がメジャー移籍を球団に希望したニュースが流れた際、
「何故日本で、日本のファンの前でプレーしてくれないのか」と疑問を呈し、「メジャーの選手が凄い凄いと言っても、漫画の世界ではそれ以上のものが描ける」と表現。
ですが、実は「本当はドカベン山田太郎がメジャーリーグで活躍する場面を描きたかったのだが、実在メジャー選手を描くとなると、高額の肖像権料を請求される。だからドカベン・メジャーリーグ編は描けないんだ」と語っているそう。
権利意識の高まりを受け、さまざまな制約が生まれ描きにくくなってしまったのが原因であるようです・・・・
かの有名な水島漫画の「ドカベン」「あぶさん」ですが、今度はこのエピソードをみていきましょう・・・
漫画家の水島さんですが、鈴木則文監督の実写映画『ドカベン』(1977年)には、なんと自ら明訓高校監督の徳川役で出演(笑)殿馬役の川谷拓三らを相手に楽しそうにノックする姿を観る事ができるそうです(^-^)
また1973年、『あぶさん』の連載にあたり、主人公・景浦安武の「入団交渉」のために当時の南海ホークス選手兼任監督であった野村克也さんを訪ねた時に、好きな球団を聞かれ「セは阪神、パは南海です」と答えたところ、「好きな球団は1つでええ」と言われたためその後はホークス一筋であったとか。
また、『野球狂の詩』でプロ初の女性投手である水原勇気にリアリティを持たせるため、多くのプロ球界関係者にアドバイスを求めたところ、唯一前向きなアドバイスを与えてくれたのが野村さんであったそうです(^-^)
一方で、伊集院光さんが水島さんにインタビューした際、「ドカベンを描いていて一番驚いた事はなんですか?」という質問で伊集院さんは「ファンの反響の多さ」等の答えを予想していたそうですがそれに対しての水島さんの回答は「ネームでは岩鬼が三振するシーンを描いたのに、ペンを入れたら岩鬼がホームランを打ってしまった」と答え、伊集院さんを唖然とさせたとか(笑)
では、次は水島さんの個性を検証していきましょう・・・・
「本質の個性」(ひとりのときの性格)は「協調性のないひつじさん」という水島さん。
◆情報収集家
◆はっきりと物事が言える
◆好き嫌いが激しい
といえば、周りが認めるほどの南海ホークスマニアであるところ、それでありながらも、漫画のために野球関係者にアドバイスをもとめるところ、そしてメジャーリーグ嫌いであることをはっきり言っているところがまさに・・・かもしれませんね(笑)
また「表面の個性」(みんなといるときの性格)は「たぬきさん」のこの方。
◆究極の逸品が好き
◆自分の出番待ちをする
といえば、自分の作品の現実のプロ野球選手を「出場」させているところ、監督として映画出演、そして、自身の主催するチームで、記録達成のお祝いをするところなどが当たっているのでは・・・・・・(笑)
最後に「生き方・ポリシーのタイプ」は「ユニークさん」の水島さん。
ユニークさん=個性的に頑固な冒険人間
■夢とロマンを追いかける束縛を嫌う自由人。常識や伝統にとらわれずどこへでも気の向くままとびだしていけるタイプ
■基本的に反体制であり、あまり本音を言わないのでつかみづらい印象。
■世間の価値観やルールに縛られないので、型破りな人生を送ることも。
ちなみに、たまに漫画作品内の選手と現実の選手の区別がつかなくなってしまうこともあるそうです(笑)
そんな水島さん。漫画界では他の漫画家さんからも尊敬されるようになってしまいましたが、まだまだご活躍が楽しみですね(^-^)
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【鹿児島初!!】R-1ぐらんぷり出場芸人 南光史一先生のISD個性心理学講演会【限定50席】
来る5月25日(月)の夜に天文館で
R-1ぐらんぷり出場芸人であり、ISD個性心理学理事
南光史一先生の「鹿児島初」講演会を開催いたします。
「生年月日で人の個性が100万通り以上に分類できる」驚異のISDロジック。
その最高資格は公益財団法人日本生涯学習協議会(会長:桂由美)が認定。
現在九州大学の統計学専攻チームと共同研究。
今年1月には国際会議で優秀論文賞受賞…
などなど実績が裏付けられているISDロジックは、家族間、職場、営業などあらゆる場面における人間関係を円滑にしてくれる最強のツールです。
今回はそのISDロジックについて、日本全国津々浦々年間200回以上の講演を開催している南光先生が
分かりやすく爆笑解説!!
約2時間にわたるジェットコースター的な怒涛の笑いをぜひ体感してください。
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【日時】
平成27年5月25日(月)午後7時~午後9時
(開場18時30分)
【場所】
鹿児島市東千石町3-41 キャパルボホール3F HINATA
【参加料】
新規:3000円(2000円相当の総合分析レポート付き)
リピート:2000円
受講生:1000円
【その他】
講演会終了後、南光先生を囲んで懇親会を予定しております。場所は天文館周辺で、料金は3500円程度です。(希望者のみ)
☆お申込みはコチラまで☆
↓ ↓ ↓
http://www.isd.gr.jp/
※一般社団法人ISD個性心理学協会のホーム画面から、画面上部にある「スケジュール」をクリックしてお申込みくださいませ。





