正しくは盲導犬歩行指導員でした。 | 「ま~何とかなりますよ」

正しくは盲導犬歩行指導員でした。

昨日の盲導犬の話をブログで書いたら久しぶりに僕が網膜剥離をした時を思い出したので今日はその時の事をブログに書きます。


書くといいながら記憶が曖昧ですが僕に網膜剥離が起こったのは2004年?か2005年でした。僕がまだカイロプラクティックの学校でインターンとして臨床をしていなかったのでそのくらいの時期でしたね。


朝起きてシャワーを浴びた後に身体を拭いていたら何となくはっきり見え難い感覚がありましたが、コンタクトが上手く入っていないんだろうと思っていました。その日は時に何もなく過ごしていましたが、夜ふと片目をつぶったら左目と同じ様には見えない。


左目は普通に見えるのに右目は明らかに視野が狭いというか見えない。右目だけで見ると左上の部分が見えなくなっているのでビックリしました。


見えないというのは目をつぶって電気を見ると黒いのに白く見える状態でした。

これはやばいと思いましたが僕が学校のクリニックでメインテナンスの為の予約が2日後に入っていたので取り合えず様子を見ました。(←大きな間違え。)


別に僕はカイロプラクティックの矯正を受けたら見えない目が回復する等の奇跡や、僕のインターンに網膜剥離かどうか診断して欲しいと思ったわけでは勿論無く、学校なら近くの優秀な眼科を紹介してもらえると思っていたんです。


ところがその考えは大甘でした。


インターンと先生に状況を説明すると「大至急自分が行っている眼科に行ってください。」との事。しかも専門医は知らないからその辺の眼科に行ってくださいって。


え~!!それだけ?って聞き返してしまいましたよ。その数日で僕の右目は教壇の右上を見ると(右目だけで)先生の顔が見えないくらい進行していたのに、、、。


僕がいつも行く眼科に予約もなしで駆け込んだのが夕方5時。その先生も検眼はするけれど詳しくは分からない。でも「多分網膜剥離だろう。」と言っていました。

その後急遽アメリカらしく「網膜専門」の先生を紹介してくれました。


その先生はもう帰っていたのに、わざわざ戻って来てくれるという事なのでクリニックの行って待っていました。6時半くらいに着いて(もう終わっていたので)ドアの外で待っていると30分くらいで受付の人が戻ってきてドアを開けてくれました。


それから90分位して先生が登場。僕の心配は「どうかお酒を飲んでいませんように」


アメリカでは網膜剥離の手術の月平均を1週間で行うと聞いて一安心。経験不足の心配は無さそうでした。


検査も入念に行い、早急に手術をする必要があると言われたので先生は手術の手配をしていました。


これまた色々な手続きで時間がかかり手術開始は深夜0時近く、すっぽんぽんの上にガウンを羽織るだけの状態でベッドに寝て手術室に通された時の


第一印象は「結構寒いな」

第二印象は「この大きな音でなっているHIPHOPの音楽を聞きながら手術をするんだろうか?気持ちを落ち着かせる様な音楽じゃなくて大丈夫か?」でした。


麻酔師が腕に針を挿して、鼻に管を通したら頭がスースーしてきて次の瞬間には看護婦さんや付き添いの人の前で下着を履きながら「入院しないで帰ります」と英語で言いながら意識を取り戻しました。(自分でも無意識でも英語で会話をしていたのが後で考えると嬉しかったです)


手術後数日は気持ち悪いのが続きましたが無事に終わりました。


とりあえず右目にはシリコンを巻いて再発しないようにしてくれましたので、美容整形をした訳では無いですが僕の身体にはシリコンが入っています(正確には覆っているですが)。


手術後は物がぼやけて見えるし、遠近感覚はないし大変でした。具合が悪いので動く事は出来なかったしTVの全く見えない状態だったので、生まれて初めて「暇だから勉強しよう」と思いました。カイロの学校は試験の数が半端なく多いので勉強しないといけないし。でも見えないので出来ない。15分も勉強すると頭が痛くなって休憩しなければならないので大変でした。


歩くのも地面がダブって見えて地面が足の裏の位置(通常の感覚)と腰の位置に見えて大変な状態なのに1週間後には片目で車を運転していました。さすがに駐車する時は何度も車から降りて隣の車との車間距離を確認しましたね。


今では疲れた時以外は正常に見えるので色々な人達に感謝しています。