人の生きる道はこれまでもこれから先も天によって完璧に決まっていてそれが故に完全に自由だ。












母方のおばあちゃん(以下ばっぱ)と伯父の奥さんが今家にいます。

やっとどこの避難所にいるのか見つかったそうです。なんでも避難所の数が150カ所くらいあるらしいのでずいぶん探したそうです。ばっぱの家は石巻なのでもうだいぶ大変なことになってるでしょう。

そんで、今日の夜はみんなで鍋を食べました。母親もやっとばっぱの顔が見れて安心したようです。鍋なんて食べるのも久しぶり。



そういうわけで今日はお腹いっぱい胸いっぱいです。








あと、なんか今家にお菓子がいっぱいあります。生協から買い込んできたのか。いやしかし…。ポテトチップスがかなり高級な物に見えてしまう…。怖いわぁ…。










(買う)新刊情報

22日・ソウルイーター19巻

25日・もやしもん10巻

26日・日常6巻、デッドマン・ワンダーランド9巻

29日・花物語





こんなに立て続けにくるか…。

まるでそれは

サンタさんがそこに置いてくれたかのように

ベッドのところにあった

それを僕が手に取ると

お父さんは嬉しそうに笑った

「どうしてお父さんが嬉しい顔するの?」

僕がそう聞くと

お父さんは黙って僕にこう言った

「僕がサンタさんだからだよ」

それを聞いて

僕は

泣いた











テレビでバラエティー番組やアニメが見られるようになってきた今日この頃。


お風呂に入りたいです。


はっきり言ってこの状況でお風呂に入りたいってのはとても贅沢なことのように感じてしまうんですが、そんな風に思ってはいけません。お風呂なんて今まで普通に入ってたんだから、そんなのは生活の中にあって当たり前のことなのです。それを贅沢と言ってしまうのは完全に貧して鈍しちゃってる証拠です。今まで贅沢をしていたなんて思っちゃいけません。その生活を当たり前のものとするためにみんながんばってきたんでしょうが。戦時戦後じゃあるまいに。






影があるから、光が眩しい。

冬があるから、春が暖かい。

自由だって、同じですよ。

光子さん、バンザイ。









ぼくの中で、音楽というものはたとえ盲目であろうとも耳さえ聴こえれば100%楽しめるものでなくてはならないものだったりします。

そういえばベートーベンだかモーツァルトだかは耳の聴こえない音楽家だったらしいですね。でもそれはちょっと理解できません。聾唖でどうやって音を楽しむことができるんでしょうか。後天的な聾唖なら音の存在を知ってる分どうにかなるんでしょうか。


世の中にはいろんな人がいますね。到底自分では理解できないようなひとがたくさんいるんでしょう。

ぼくはまだ井の中しか知りませんよ。いや井の中すら知りません。井底の蛙以下です。例えば近所の川の中にどんな魚が住んでるのか知ってますか?世の中分からないことばかりですね。







鳥取県って鳥取だか取鳥だか分からなくなるでしょう?覚えかた知ってますか?


耳、又は鳥。取鳥と覚えましょう。

前に究極の二択っていうの考えたんですよね。

欲しいのはどっち?っていう。



どの二択かというと。






『藤原基央の声』












忘れた。




究極の二択の一択を忘れてしまった。


なんだっけー?




まいっかー。








今日は友達の家行ってきましたよー。



ABのDVD最終巻借りてきました。あとで観よ(`・ω・)








なんだか最近キャラが変わってきた気がするなぁ。前はもっと不敵な雰囲気を醸してた気がする。世間ずれってヤツなのか…。





曲学阿世なのか!?