先日、和歌山地裁で審議中の資産家殺人事件の裁判で、被告人の女Ｓが友人に送ったLINEの内容が明かされた。そこでSは、口止めや自らが映った写真の削除を示唆する内容のメッセージを送ったとのことだが、わたしはそのLINEを送ったグループ名に驚いた。そのグループLINEは次のようなタイトルなのである。

《恋して昇天ナンマイダ》

彼女が問われているのは、自分と結婚した高齢の夫を薬物を使って殺害した容疑である。そんな人間がこんな名称のLINEのグループを作り、仲がいい女友達とやり取りしているとは、これはほとんどブラックユーモアの世界である。不謹慎なことこの上ないが、同時にそのネーミングのセンスのユニークさにちょっと感心した。しかし、調べてみると、これはＳたちのオリジナルではなく、既成のコミック漫画からの引用であることがわかった。

●「イケメン坊主～恋して昇天ナンマイダ～」

《「ゲイ専門の駆け込み寺が存在するらしい」…そんな噂を聞いた元ホストの晃は、深夜にとあるお寺の門扉を叩く。助けを求めて…。しかし寺から出てきたのは黒髪の超イケメン住職!! でも何故か全裸!! よくよく周囲を見渡せば男根を模した鐘や石像、本堂からは怪しい喘ぎ声…。こ、ここはまさかのハッテン場!? けれど他に行くあてもない晃に、イケメン住職が朗らかに語りかける。「ここにとどまるか否か、お前が見極めろ」と。晃の選んだ運命やいかに！そしてこの住職の真の姿とは…!? 天下無双のイケ僧ストーリー、必見！》（「Amazon.co.jp」より）

わたしも一応物書きの端くれだから奇想天外な物語には慣れているはずだが、なかなかこういうストーリーは発想できない。何かしらの薬を摂取すればこういう「ぶっ翔んだ」ストーリーも頭に浮かぶかもしれないが、普通の状態ではまったく手も出ない内容である。しかし、Ｓとその友人たちはこの漫画の熱心なファンで、笑いながら、あるいは陶然とその漫画を愛読し、ゆえに彼女たちが集まるそのグループLINEの名称として採択されたということであろう。

そして、わたしはこの「イケ僧ストーリー」を好むＳとその友人たちのメンタリティに想像をめぐらす。件の漫画の内容に対して文句を言うつもりは毛頭ない。奔放な想像力が生んだ傑作であるかもしれないから。しかし、おそらくハチャメチャな「イケメン坊主」の性別を超えた波乱万丈のストーリーに熱狂する彼女たちの内面は、相当に末期的なものではないか？　つまり、このくらい「ぶっ翔んだ」ストーリーでないと、現実の彼女たちの内面に何も刺激をもたらせないのだとしたら？

裁判中のＳの使っているグループLINEの名前は、わたしにいろんなことを考えさせた。

✵同作。（「Amazon.co.jp」より）