先日、若い俳優たちが上演してくれた『ある日、ぼくらは夢の中で出会う』を観劇したことをこのブログに書いた。拙作を取り上げて上演してくれること自体は作者としてとても嬉しいことだが、何せ1980年代の頭に書いた芝居なので、今の目で見るとどうしても内容が古く感じるところがある。最大のそれはこの芝居における重要な小道具である黒電話である。
おそらく今どきの若者に「黒電話」と言っても何のことかわからないのではないか? 思うにこ50年余りの時間の流れの中で、最も変化を遂げたのは電話による通信方法ではないか。少なくとも1980年の初頭、電話と呼ばれた通信機器がスマホによるそれにとって変わるこのような時代になるとは誰も想像できなかったのではないか? 当時、電話と言えば、あの大黒様がうずくまったような形をしたダイヤル式の黒電話であった。
本作は誘拐事件を扱っているので、警察と誘拐犯が電話を通してやり取りする。その際に両者は黒電話を使って身代金の交渉をするわけだが、当時はごく自然なやり取りとして見ることができたそれが、今やほとんど時代劇のようなやり取りに見える。それはそれで一つの時代の表現として成り立つとは思うが、リアリティという意味では身近でない分とっつきにくいのは否めない。
誘拐事件を描く劇映画で最も有名なのは黒澤明監督の『天国と地獄』(1963年)であると思うが、あの映画も交渉の際の小道具として真ん中にあるのはリーンリーンと鳴る黒電話である。ロン・ハワード監督の『身代金』(1996年)になるとちょっと変化があり、誘拐の連絡は電子メールで告げられ、固定電話も使われるが、犯人は携帯電話を使って身代金を要求する。
そのように考えると、令和時代の今、誘拐犯と警察は何を通してやり取りしているのだろうか? わたしが知る限り、令和時代の誘拐事件を扱い、まったく予想できない形で警察と犯人のやり取りを描く作品をまだ知らない。
