北海道の旭山動物園の焼却炉に妻の遺体を遺棄したとして動物園職員である夫(33)が逮捕されたことが報じられた。被疑者の夫はレッサーパンダやカバなどを担当していたという。誰かを殺害して遺体を人目のつかぬ場所へ遺棄する事件はしばしば起こる。だから、この事件もそんな事件の一つに過ぎないとは思うが、この事件の特異性は遺体を遺棄した場所が人目につきにくい山林の土中ではなく動物園の焼却炉だった点である。
その焼却炉は死んだ動物を処理するために作られたものらしいが、被疑者はそんな場所で殺害した妻の遺体を焼いたのである。動物園の焼却炉という舞台装置がこの事件に独自のオリジナリティを持たせていると感じる。そこは人里離れた鬱蒼とした山林ではなく昼間はたくさんの人々が訪れる明るい動物園だからである。また、そこには様々な種類の動物がたくさん生活している場所であることを鑑みると、異臭が異臭として感じにくい場所であると思う。そこは獣の匂いが立ち込めているからである。
ところで、1993年に埼玉県で起こった埼玉愛犬家連続殺人事件をご存知だろうか? この事件を題材として『冷たい熱帯魚』(2010年)が作られたが、実際の犯人は犬猫の販売業者で、犬猫の売買をする仕事をしていた。(映画では主人公を熱帯魚店の経営者に改変している)つまり、犯人の近くには犬や猫がいて、犯人が経営する店舗は犬舎も兼ねていたのである。こちらは動物園ではないが、獣の匂いがする場所を舞台にしている点が旭山動物園の事件と共通する。
わたしがこれらの事件に注目するのは殺人者の職業である。殺人事件を起こした彼らがそれぞれ動物園職員、犬猫の販売業者である点が事件をありきたりでない唯一無二のものにしていると感じるのである。殺人者がサラリーマンやバーテンダーやタクシー運転手では出しようがない独自性をこれらの事件には感じるのである。それは彼らが生き物を相手に仕事をしているせいだと思う。彼らが生き物を相手にしているからこそ、その対象が動物から人間に変わった時の恐怖をイメージしやすいのである。
被疑者の男性はかつて動物園職員として自らの手で死んだ動物を焼却炉で処理した経験があるにちがいない。彼はその勝手知ったる焼却炉を人間に応用して妻の遺体を処理したのである。そして、動物園の他の職員たちも妻が焼かれてもさしたる違和感を持たなかったにちがいない。それは動物を焼いても同じ匂いしかしないからである。
