和歌山資産家男性変死事件(紀州のドンファン事件)で殺人罪で起訴され、裁判中の被告人Sを名乗る人間がXに投稿を繰り返しているという。当人の投稿かどうかハッキリしないようだが、そこに以下のような文章があると伝えられた。
《私、女に嫌われるタイプの人間って自覚してるから一審の裁判員裁判で、裁判長が女性、裁判員6人中4人が女性って分かった瞬間 詰んだと思ったんですよね》
このような内容の記事が書けるということは、仮に本人でなかったとしても、投稿者はこの裁判の周辺にいる人にちがいない。わたしが興味深かったのは、被告人自身が自分のことを「女に嫌われるタイプ」と自覚している点である。確かに「女に嫌われるタイプ」の被告人を裁く側に女性がたくさんいるなら被告人は不利であろうことは予想できる。
わたしは長いこと「女に嫌われる女」というものがどういうタイプの女性なのかよくわからないまま過ごしてきた。今でもよくわからないのは変わりはないが、前よりは少しはそういうタイプを理解するようになったと思う。わたしが「女に嫌われる女」を理解するのに時間がかかったのはわたしが男だからである。
と言うのも、「女に嫌われる女」は、大概において「男には好かれる女」である場合が多いからである。ホステスやキャバ嬢などはいい例だと思うが、化粧や装いを通して女性らしさを全面に押し出した女性は男にとっては喜ばしい存在である。だが、女にとっては不快な存在になり得る存在だからである。見ようによれば。性的魅力を全開にして男を喜ばせで金銭を得ようとするホステスやキャバ嬢の心根は卑しいと言えなくはない。件の裁判の被告人Sの自覚はこの文脈にあると思う。彼女は金に釣られて年の差40歳の資産家と結婚したのだから。
わたしが「女に嫌われる女」に対して無自覚だったのはわたしが男だからだと書いた。わたしは劇作家として、様々な物事を常に多様な視点で見ることを心がけているが、一つの視点から脱却することは容易なことではない。どのように想像力を働かせても、わたしは男の視点から離れられないこともあるにちがいないから。
