服のままの入浴 | 高橋いさをの徒然草

服のままの入浴

いきなりだが、アナタは服を着たまま風呂に入ったことはあるだろうか?   こんな質問をしておいて言うのもナンだが、わたしは未だそういう経験をしたことはない。しかし、服を着たまま風呂に入るとどんな気持ちがするかを想像したのである。たぶんそれはとても気持ち悪いことにちがいない。風呂の湯が衣服にまとわりつき、からだがぶよぶよに膨れるような感覚。しばらく湯に浸かっていればそれにも慣れるだろうが、湯船から外へ出る時、からだにべったりと張り付いた衣服がからだの表面に重くのしかかり、ザアザアと湯がこぼれ落ちる。考えただけでも不快になる。やろうと思えばいつでもやれるが、いくら横着な人間でさえ、服を着たまま風呂に入らないのは、そういう不快感を想像できるからにちがいない。
 
そんなことを考えていたら、ふと「スティング」(1973年)という映画の一場面を思い出した。ロバート・レッドフォードが、名うての詐欺師であるポール・ニューマンに初めて会う時、ニューマンは服を着たままバスタブの中で横たわり、シャワーを浴びていた。あれはニューマンが二日酔いでその酔いざましのためにやっていたことだったと記憶するが、頼りにしてきた詐欺師が服を着たままシャワーを浴びている姿にびっくりするレッドフォードの顔が忘れられない。

人間が服を着たまま風呂に入る場合は、その人が何らかの特別な事態に遭遇し、前後不覚になっている場合だと考えられる。物凄く泥酔した場合、そういうこともあり得る。しかし、シャワーを浴びるのと風呂に入るのは明らかにニュアンスが違う。件の「スティング」のポール・ニューマン登場場面も、シャワーだから絵になるのであって、湯気が立つ風呂にニューマンが入っていたらずいぶんと間抜けな印象になるにちがいない。

想像だけして、決してやらないことが人間にはあると思うが、「服を着たまま風呂に入る」という行為は、長い人生の中で一度くらいは試す価値はあるかもしれない。そんな日がわたしにやって来るなら、ここで報告する。

※同作。(「Y!映画」より)