支店長室の造形 | 高橋いさをの徒然草

支店長室の造形

先日、上演した「好男子の行方」の舞台は、とある銀行の支店長室である。わたしは生まれてこのかた、銀行の支店長室へ入ったことは一度もない。だから、銀行の支店長室がどのようなものなのか、まったくイメージを持っていなかったが、今はネットの時代。「銀行の支店長室」で検索すれば、いくつもの画像が出てくる。それらの画像を参考にして、美術さんと相談して支店長室内を造形したが、問題は支店長に飾られるらしい豪華な装飾品をいかに調達するかだった。

支店長室になぜ豪華な装飾品が飾られるか本当の理由はわからないが、支店長室で行われるのは、銀行にとって重要な顧客との取り引きであろうから、それらを通して顧客に「わたしたちはこんなに高い壺を買えるくらい信用があるんですよ!」「こんな高名な作家の掛け軸を買えるくらい信用があるんですよ!」という無言のアピールをしているのではないかと思う。しかし、芝居の小道具でそんな高価な品物は揃えることができない。結果は以下のような装飾品に落ち着いた。

●壺 ¥1000
●コケシ ¥500×2
●鉄鋳の置物 ¥600
●額に入った絵画 ¥300×2

壺は「ジモティー」というネット販売を通して、他の品物はわたしが町を自転車で走り回り、骨董品店でそれぞれ購入した。つまり、物凄く安く上げているわけである。そうそう、もう一点、支店長室のアイテムとして凝ったものがある。1968年と1975年のカレンダーである。銀行勤務の経験がある女性に取材したところ、銀行にとってネーム入りのカレンダーは、銀行のステータスを語る上で非常に重要なものらしいことがわかった。これは演出助手のTくんが当時のカレンダーを模して製作してくれた。

公演が終わった後、壺だけ「ジモティー」で転売したが、行き場を失ったコケシを初めとする支店長室の小道具たちはわたしの部屋へやって来ることになり、3月に上演した「私に会いに来て」で活躍したウサギの人形とともに部屋の片隅に鎮座している。舞台演出家の部屋はこのようにして次第に芝居の小道具で埋め尽くされていく。

※コケシたち。