未練と後悔 | 高橋いさをの徒然草

未練と後悔

人間なら誰しも未練や後悔といった感情を抱く時があるように思うが、若い時分より、年齢を重ねた時分の方がその感情は強くなるように思う。考えてみれば当たり前のことで、未練や後悔という感情は、その人がある程度の人生を生きていないと生まれようがない感情であるからである。小学生の児童がそういう感情を抱くことは余りないように思う。いや、抱くことはあるかもしれないが、それは、オモチャを壊したとか、友達と喧嘩したとか、極めて小さな体験に基づいたものであろう。未練や後悔という感情は、取り返しがつかない重大な出来事に遭遇し、努力はするが、その事態が決して元の通りに回復しない現実に直面した時に抱くものだろう。そういう意味では、やはりこれらの感情は、大人の感情であると思う。

わたしは常々、演技における「役作り」という作業が真に理解できるには30年くらいの人生が必要なのではないかと思っているが、この文脈で考えると、それは理に敵っているのではないか。つまり、実人生におけるそういう負の感情体験がないと、なかなか「役作り」という作業をイメージしにくいのではないかと思うからである。30年という時間は、わたしが恣意的に選んだ年数であって、間違っているかもしれないが、感覚的に言えば、30年くらい生きると、普通の人間は「人生の吸いも甘いも噛み分ける」下地ができていると考えるからである。別の言い方をすれば、「人生にはいいこともあるが悪いこともある」ことをキチンと認識できる年齢。

ところで、この間、稽古場に見学に来ていた若者から「いさをさんはハッピーエンドの芝居しか書かないと思ってました」と言われてちょっとハッとした。確かにその通りである。若い頃のわたしは意地になってハッピーエンドの芝居を作っていたと思う。それだけ人生に対して「熱かった」のかもしれない。30歳も遠い昔、今のわたしは押しも押されぬ中年男だが、今のわたしが共感する感情が未練や後悔であり、それは必然的にわたしが作る舞台の上に漂っているはずである。

※電車の中で。

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「好男子の行方」
作・演出/高橋いさを
●2018年12月12日(水)~18日(火)
●オメガ東京(荻窪)