億三ちゃん | 高橋いさをの徒然草

億三ちゃん

何度か舞台をご一緒したことがある音響家のMさんに「好男子の行方」の公演の案内をメールで送ったら返信が来た。以下のような文面である。

「三億円強奪事件。失礼ながらとても大好きな案件です。何しろ私が産まれた日なのです(年配の親族からは億三(okuzo-)ちゃんと呼ばれております)今でもTVなどで特集があると録画しております。とても拝見したいのですが現場が立て込んでおりまして残念です」

こんな文章を読み、わたしは「億三ちゃん」と呼ばれて育ったMさんの人生に思いを馳せた。当然、Mさんが生まれた当時、事件のことはまったく理解できなかったと思う。それからしばらくして、言葉をしゃべれるようになった頃だろうか、Mさんはご両親から告げられる。

「お前が生まれた日に有名な三億円事件が起こったんだよ」

その事実を告げらたMさんはまだ事件に強い関心は向けなかったにちがいない。しかし、年配の親族(祖父や祖母か)から「億三ちゃん」と呼ばれ続けるに至り、Mさんは事件の全容を知ろうと情報を集める。そして、この事件の全容を知った「億三ちゃん」は、この前代未聞の現金強奪事件と自分の人生の奇妙な交錯を感慨深く思う。事件発生時にこの世に生を受けたという偶然がなければ、Mさんにとって「三億円強奪事件」はさしたる印象が残らないたくさんの犯罪事件の一つだったのかもしれない。

わたしがMさんのメールが印象的だったのは、そのように世間を騒がせた重大事件が起こった日にこの世に生を受ける人もいるのだという事実を知ったからである。まったく無関係ではあるが、自分が生を受けた日の事件というものは、その人間の精神に微妙な影を落とすにちかいない。Mさんの誕生日は事件の発生日なのである。「三億円事件」では直接的に人間は死んでいないが、これが何人も人が死んだような事件や事故なら、「生まれ変わり」というようなイメージも持つかもしれない。

それにしても、生まれてきた孫に「三億ちゃん」ではなく「億三ちゃん」と名付けた年配の親族たちにちょっとセンスを感じる。

※誕生ケーキ。(「とみや」より)

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ISAWO BOOKSTORE vol.1
「好男子の行方」
作・演出/高橋いさを
●2018年12月12日(水)~18日(火)
●オメガ東京(荻窪)