本末転倒~「十万分の一の偶然」 | 高橋いさをの徒然草

本末転倒~「十万分の一の偶然」

「十万分の一の偶然」(松本清張著/文春文庫)を読む。松本清張の手による犯罪サスペンス小説。タイトルに牽かれて一見に及ぶ。

東名高速道路で起きた車の玉突き事故で多数の死傷者が出る。この事故を偶然に撮影したアマチュア・カメラマンの山鹿恭介は、その写真によって新聞社主催の報道写真大賞を取る。しかし、その写真に作為的なものを感じた事故の被害者のフィアンセ沼井は、山鹿が実は事故を必然的に発生させたと睨み、身分を隠して山鹿に接近する。

さすが松本清張、特異な題材を扱い、サスペンスフルな物語をぐいぐい読ませる。「すぐれた写真を撮影するために交通事故を起こす」というアマチュア・カメラマンの本末転倒した犯行の動機が面白く、犯罪の動機に現代性を求めた著者の面目躍如たるものがある。ちょっとだけ疑問に思ったのは、復讐者の沼井が復讐を遂げる人間が、事故を作為的に誘発した山鹿のみならず、山鹿に演出写真の撮影を唆した新聞社の審査員に及ぶ点である。もちろん、この事故の遠因を作った人間であることはわかるが、ちょっと可哀想にも思う。もしかしたら、長い連載の諸事情から、作家は第二の殺人を描かざるを得なかったというような事情があったのかもしれないと邪推する。

解説は宮部みゆきさん。宮部さんは2008年に起こった「秋葉原通り魔事件」において、現場にいた人々が被害者そっちのけでスマホを使って惨状を撮影していた事実にからめて、本作の現代性を指摘しているが、この小説に描かれている内容は、"ユーチューバー"と呼ばれる危険なことを撮影してネットで配信する人々が存在する現代において、より身近な問題を提起していると思う。

松本清張は、この長い小説をパソコンのキーボードを叩いて書いていたのではなく、手書きで書いていたのだなあ、と奇妙な感想も持つ。

※同書。(「Amazon.co.jp」より)