舞台演出の技術~「演出術」 | 高橋いさをの徒然草

舞台演出の技術~「演出術」

「演出術」(蜷川幸雄・長谷部浩著/ちくま文庫)を読む。演劇評論家の長谷部浩さんが舞台演出家の蜷川幸雄さんに長いインタビューを試みて、蜷川演劇の魅力に迫るインタビュー集。前書きにあるが、映画監督のフランソワ・トリュフォーによるアルフレッド・ヒッチコックへのインタビュー集「映画術」(晶文社)の向こうを張って構想された本だとのこと。

日本を代表する舞台演出家が、何を考えて様々な舞台を演出してきたかがわかるとても有益な一冊だったが、わたしにとって印象的だったのは、ギリシャ悲劇やシェイクスピアから秋元松代・野田秀樹まで、蜷川さんが手掛けた個々の作品の演出プランの内容ではなく、そのプランを語る合間に人間・蜷川幸雄が透けて見える部分だった。とりわけ、以下の言葉はちょっと意外だった。

「もともと僕には、人に触るとか触られることに、ものすごい羞恥心があるわけですよ。だからコミュニケーションするときも、頑張らないと人とつきあいにくい」

そんな人が"灰皿を投げて"演出していたのである。実はわたしも蜷川さんとまったく同じで、人に触ったり触られたりすることにものすごく抵抗がある。なぜなのかよくわからないが、究極的には、それだけ他人というものを信じていないからだと思う。だから親しくもないヤツに身体に触れらたりすると、「この無礼ものが!」と日本刀で斬り捨てたくなる。つまり、わたしも他人と身体的なコミュニケーションをするのがとても苦手な人間なのである。そういう演出家の実人生における性向が、反対に舞台では過剰な抱擁や身体的接触を求める結果を生むように思う。

「自分のやり方を誇るわけでもなんでもなくて、演出料の何割かは、スタッフとご飯を食べるような使い方をしています」

演出の技術とはまったく関係ないかもしれないが、こういう部分も勉強になる。「あの蜷川幸雄も、そんな気配りをして舞台を作ったいるのだなあ」と。少なくとも、アルフレッド・ヒッチコックは、そのようなことを「映画術」の中で語ってはいなかったはずだから。

※同書。(「Amazon.co.jp」より)