映画愛・家族愛~「キネマの神様」 | 高橋いさをの徒然草

映画愛・家族愛~「キネマの神様」

「キネマの神様」(原田マハ著/文春文庫)を読む。タイトルに惹かれたのである。著者は小説家の原田宗典さんの妹さんだという。面識はないが、原田宗典さんは劇作家でもあるから親近感がある。原田家は兄のみならず妹も小説家であることにちょっと驚く。映画を作る側ではなく、見る側の視点で映画愛と家族愛を描くハート・ウォーミングな長編小説。

39歳で会社を辞めた歩(あゆむ)は、ひょんなことから有名な映画雑誌でライターとして働くことになる。歩にはギャンブル好きのだらしない父親がいた。そんな父親を立ち直らせようとしていた矢先、歩は父に映画の感想ブログを書かせることを思い立ち、それを実行する。映画愛に溢れた父のブログは評判を呼び、経営困難に直面していた映画雑誌の危機を救うことに。そんな時、「キネマの神様」と題された父のブログの内容をことごとく否定する"ローズバット"と名乗る謎の論客が現れる。

近頃、凶悪犯罪を扱う陰惨なノンフィクションばかり読んでいたので、こういう善良な人々をポジティブに描く内容は新鮮だった。わたし自身、「あなたと見た映画の夜」や「父さんの映画」といった映画愛をめぐる芝居を作っていたりもするので、いろいろと共感するところが多い。平易な文章で、しかし、的確な比喩表現をちりばめて語られるとある家族の物語に何度も目頭が熱くなる。小説の中で一本の映画(例えば「フィールド・オブ・ドリームス」である)をめぐる映画評論家同士の対決を描くという趣向に本作のオリジナリティを感じるが、その評論の内容を見る限り、著者ご自身が相当の映画批評に関する論客と見受けらる。

ちょっと皮肉な目で見ると、ハッピーエンドに至る展開がちょっと甘すぎる感もなくはないのだが、娘による父親改造計画の顛末を描いて作者の筆は生き生きと躍っている。唯一、わたしが残念に思ったのは、登場人物たちが一堂に会して見る最後の映画が、読者に提示されてしまう点か。文中に「大好きな人と一緒に見る映画こそ最高の映画だ」という一節があるが、その言葉の通り、その映画が何なのかを読者に伏せたまま物語を締めくくってくれたら、わたしの想像力は刺激され、本作への感動はもっと大きかったように思う。

※同書。(「Amazon.co.jp」より)