呼び捨て | 高橋いさをの徒然草

呼び捨て

わたしは、普段、他人から「いさをさん」と呼ばれることが多い。そもそも、会う人に対して自ら「高橋さんではなく、いさをさんと呼んでほしい」と頼みさえする。そう呼ばれると相手との関係が安定するからである。わたしのことを「高橋!」と呼び捨てで呼ぶ人間は、高校か大学の同級生のみである。

とある犯罪関係の本を読んでいたら、刑務所では刑務官は、囚人のことを名字で呼び捨てにすることを知り、なるほどと思った。わたしは何となく刑務官は囚人を番号で呼んでいるようなイメージを持っていたからである。つまり、もしわたしが何らかの犯罪を犯し、有罪となって刑務所に服役した場合、わたしは刑務官から呼び捨てで呼ばれるわけだ。

刑務官「出房しろ、高橋!」
わたし「ハイ。何でしょうか」
刑務官「面会だ」
わたし「わかりました!」

このようなやり取りが刑務官とわたしの間で行われるにちがいない。呼び捨てで名前を呼ばれるばかりか、刑務官は基本的にすべて命令口調でわたしに接すると思う。刑務官がわたしよりずっと年下であったとしても、刑務官の口調は変わらないはずである。こんなやり取りをしながら送る刑務所生活に慣れるには、相当に時間がかかるように思う。だからと言って、刑務官とわたしのやり取りが以下のようになると、権力が権力として成立しないのもよくわかる。

刑務官「部屋から出てもらえますか、高橋さん」
わたし「何だよ」
刑務官「面会の方がいらしてます」
わたし「そうか」

囚人のわたしが刑務官に対してこんな風に答えたら、警棒で叩かれて、すぐに懲罰房へ送り込まれそうに思う。つまり、言葉は、対話する二人の主従関係を雄弁に語っているわけである。このようなことから、犯罪者は犯罪を犯した時点で敬称を国家によって剥奪されるということを再認識する。

※刑務官と囚人。(「アクセス進学」より)