元力士の犯罪~「全員死刑」 | 高橋いさをの徒然草

元力士の犯罪~「全員死刑」

「全員死刑」(鈴木智彦著/小学館文庫)を読む。2004年に九州の大牟田市で起こった極道一家による知人家族の殺害事件を描くノンフィクション。本作を原作とする同名映画が昨年、封切られた。

この事件は、殺人罪などで父・母・長男・次男全員に死刑判決が下されたという点が特異である。本作は、殺人の実行犯だった次男が獄中で書いた手記を元に、著者が解説を加える構成で成り立っている。事件は、暴力団組長である父親とその家族が多額の借金をしていた知人の女性とその息子ら四人を次々と殺害したものである。

殺害方法は絞殺と銃殺。まったく粗暴な犯行だが、前記の通り家族全員が死刑というのが、この事件最大の特徴だと思う。だが、わたしが注目したいのは、兄弟が元力士だったという点である。本の冒頭に、犯人の四人家族の顔写真が掲載されているが、兄弟の面持ちはでっぷりとした力士のそれである。つまり、彼らは人並み外れた巨漢であり、力持ちだったということである。その大きな"力"を土俵で使い勝利を収めれば、彼らは人々から尊敬される人になれたはずだ。しかし、悲しいかな、彼らはそれを土俵ではなく、犯罪の場で使った。その結果、起こったのがこの粗暴な殺人事件である。

「ドスコイ警備保障」(室積光著)という小説がある。元力士の人々が、その力を駆使して警備会社を作り、警備員として活躍するという喜劇的な設定の小説だが、こちらが力士の"力"を正の方向性で使う様を描いているのに対して、この事件はそれを負の方向性で使ったと言える。言ってみれば、この犯罪は、「明日のジョー」が、ボクシングの世界ではなく、犯罪の場でその本来の暴力性を発揮してしまったような事件と言えまいか。兄弟は進むべき道を間違えたのだ。

※同書。