4500円の対価 | 高橋いさをの徒然草

4500円の対価

わたしの住む町には、焼き肉の"牛角"と"牛繁"がある。焼き肉業界のことはよく知らないが、ともにたくさんの店舗を持つ有名な焼き肉屋であろう。この二つの店で、それぞれ4500円分の焼き肉を食べたとして、その満足感に差はあるのだろうか。味覚の好みはあるとは言え、そんなに大きな差があるとはわたしには思えない。それぞれに4500円分の満足感を与えてくれると思う。一般に飲食店においては、客が支払う料金に見合う料理を提供していると思う。

最近、わたしはよく小劇場で芝居を見ているが、入場料金はだいたい4500円である。ここに4500円の入場料金の芝居が二つあったとして、焼き肉屋同様、それぞれにその金額に見合う芝居を観客に提供しているか?   答えはNOである。満足感を与える芝居とそうでない芝居の差が激しすぎる。もちろん、芝居の評価は観客の主観によるものなので、ある人にとっては面白く、ある人にとっては面白くないということは当然あり得る。それが健全な状態であり、普通のことである。しかし、そんな原則を理解した上でも、クオリティの差が激しい。なぜこういうことが起こるかと言うと、つまるところ、その芝居のプロデューサー(店長)の見識が問題の根幹である。

仕入れる肉の種類、調理の仕方、味、店員の接客態度、店構え、価格ーーそのすべてを管理するのが店長ならば、同様の意味において、演劇製作の店長に当たるのはプロデューサーである。4500円の対価として、その芝居を観客に見せていいのか、いけないのか判断するのがプロデューサーである。わたしが見る限り、日本の演劇業界は、商品管理の面において、焼き肉業界に劣っていると言わざるを得ない。客に粗悪でまずい肉を平気で出して、高い値段を取る店があり、プロデューサーがいるからである。そんな非難がましいことを言っているわたしも、他ならぬ焼き肉の提供者であり、高価な値段でそれを売っている一人である。

※焼き肉。(「東京カレンダー」より)