言いなりの男 | 高橋いさをの徒然草

言いなりの男

最近、歯医者に通っている。元々、歯はよい方ではなく、様々な治療を経て現在に至るが、治療すべき歯をほったらかしていたせいで、いよいよまずい状態になり、通院を余儀なくされたわけである。 わたしが通う歯医者は、自宅から近い場所にある町の歯医者だが、先生は三十代くらいのショートヘアーの女性である。治療のための椅子に座り、背もたれが倒され、口元に強い光が当てられる。マスクをした先生が器具を片手にわたしの口を覗き込む。

先生「ハイ、口を開けてください」
わたし「(その通りにする)」
先生「もう少し大きく」
わたし「(その通りにする)」
先生「ハイ、噛んでください」
わたし「(その通りにする)」
先生「また開けて」
わたし「(その通りにする)」
先生「閉じて」
わたし「(その通りにする)」
先生「開けて」
わたし「(その通りにする)」

言いなりである。五十男がここまで他人の命令に忠実に従うことはめったにないように思う。歯の治療を受けるわたしの姿は、まるでSMの女王様の言いなりになる奴隷のようである。そして、ふと、その女の先生の指示にことごとく反抗してみたい誘惑に駆られた。

先生「ハイ、口を開けてください」
わたし「嫌です」
先生「ハイ?」
わたし「なんで口を開けるんですか」
先生「歯の治療をするためです」
わたし「ふふふふ」
先生「何ですか」
わたし「わたしが先生の言いなりになると思ったら大間違いですよ」
先生「・・・」
わたし「さあ、どうしますか、先生」

まあ、そんなやり取りはまずあり得ないが、治療を受ける患者が子供なら、先生の指示に反抗的な態度をとる場合はあるかもしれない。それにしても、五十男がここまで年下の女性に従順になる局面に立ち会うと、そういう馬鹿げた妄想を抱いてしまう。

※女性の歯科医。(「秋山矯正歯科」より)