眠りという様式 | 高橋いさをの徒然草

眠りという様式

寝つけない夜、からだの向きをいろいろ変えて眠ろうとするが、なかなか眠れない。ふと目覚めると、とんでもなく変な体勢で自分が眠っていたことに気づく。そんな時、わたしは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年)のマーティの寝相を思い出す。タイムマシンを使って過去に戻り、両親を無事に結びつけることに成功した高校生のマーティ(マイケル・J・フォックス)は、冒険を終えて再び現在に戻ってくる。自宅のベッドで目覚めたマーティは、とんでもない格好で寝ている。うつ伏せで足が折り曲がり腕を後ろに回した状態。しかも、普段着のまま。このマーティの寝相の悪さは、ロック好きなヤンチャな高校生である彼の性格をよく物語っているように思う。わたしはよくこの形で目覚める。

寝相というものは、その人間の性格をよく表すと思う。わたしの妻の血液型はO型で、決して細かい性格ではないように思うが、寝相はいい。きちんと上を向いて微動だにせずに眠っている姿をよく見かける。つまり、きちんとした性格を持っていると言える。思うに、日本舞踊の先生などは、さぞかしきちんと眠っているにちがいない。眠るという人間の行為も一つの様式であり、型を持つ人は、こういう局面においても美しく眠るのではないかと思うからである。対してわたしはマーティ状態である。これはわたしがいかに様式を持たないだらしない性格であるかを雄弁に物語っていると言える。

旅館などに泊まると、寝間着は浴衣である。これを着て寝て、朝、目覚めた時のわたしの姿を想像してほしい。髪はボサボサ、胸元をはだけて貧弱な胸をさらし、腰ひもはゆるんで象の鼻のように垂れている。その姿は、さしずめ自殺しようとしている病人のそれである。「だらしない!」という言葉を絵に描いたかような姿が鏡の中にある。浴衣を着て眠り、一糸乱れぬ状態で目覚めることができる人は、わたしにとって尊敬に値する人生の達人である。そういう人は、人生を様式を持って生きている人にちがいないからである。

※浴衣。(「イラストレイン」より)