眼福 | 高橋いさをの徒然草

眼福

学生に提出してもらったレポートの中にわたしの見知らぬ言葉があった。それは「眼福」という言葉である。わたしの辞書の中に「眼福」という言葉はなかった。眼福とは以下のような意味である。

●眼福(がんぷく)
貴重なもの、珍しいもの、美しいものを見ることの幸せ。

【昨日までのわたし】
わたし「今日、電車の中ですごい美少女を見かけたんだ」
あなた「へえ」
わたし「めったにいないよ、あんな可愛い娘は」
あなた「そりゃよかったね」
わたし「いい目の保養になった。ワハハハハ」 

【今日からのわたし】
わたし「今日、電車の中ですごい美少女を見かけたんだ」
あなた「へえ」
わたし「めったにいないよ、あんな可愛い娘は」
あなた「そりゃなかったね」
わたし「いやあ、眼福、眼福。ワハハハハ」

わたしは常々「世界の豊かさとはボキャブラリーの豊かさだ!」と豪語している人間である。世界の豊かさは、その人が持っているボキャブラリーの多さに比例すると考えているのである。だから、知らない言葉に出会うと、常にそれを所有することを心がけてきた。知らない文字を見かけるとノートに書き写し、その意味を調べるのである。そんなことを若い頃からやってきたので、いつしか「世界はすでにオレのポケットにある!」と錯覚していた。しかし、わたしは「眼福」という言葉を知らなかった。どういうわけか、わたしの読書体験の中で、この言葉はわたしの目からすり抜けてしまったわけである。そういう言葉はまだたくさんあるにちがいない。つまり、世界はわたしのポケットに簡単に収まるほど小さくないということである。

※本を読む人。(出典不明)