事件の名前① | 高橋いさをの徒然草

事件の名前①

何かしらの犯罪事件が起きて、その事件が当局によって捜査され、犯人が特定される。その過程においてジャーナリズムはその事件を広く一般の人々に伝えるべく内容を言葉によって再構築する。こうして次第にではあるが、その事件は、一つの名称が与えられ歴史のページに定着していく。以下の事件は、そのように定着した有名な事件だが、内容をまったく知らない若いアナタは、その事件をどのような事件だと想像するのだろうか。

●名張毒ぶどう酒事件(1961年)
毒の入った「ぶどう酒」が重要な役割を果たす事件であることは察知できる。しかし、毒入り「ぶどう酒」がどのような状況で、何者によって使われたかを想像するのはなかなか難しい。また、犯行に使われたのが「ぶどう酒」ではなく、「甘酒」だったとすると、事件名は「名張毒甘酒事件」となり、事件の雰囲気がまったく変わる。

●和歌山毒入りカレー事件(1998年)
毒の入った「カレー」が重要な役割を果たす事件であることは察知できる。しかし、毒入り「カレー」がどのような状況で、何者によって使われたかを想像するのはなかなか難しい。また、犯行に使われたのが「カレー」ではなく「麻婆豆腐」だったとすると、事件名は「和歌山毒入り麻婆豆腐事件」となり、事件の雰囲気がまったく変わる。

●吉展ちゃん事件(1963年)
わたしたちが「吉展」を「よしのぶ」と読めるのは、この事件があったからである。今なら「台東区児童誘拐殺人事件」と命名されるはずのこの事件の発生当時、マスコミに被害者の名前を事件名に取り込む風潮があったということか。当たり前だが、「吉展ちゃん」は「吉展ちゃん」であって決して「吉則ちゃん」でも「吉久ちゃん」でもない。そこに固有名詞を事件名に盛り込んだ本件の唯一無二のオリジナリティがあると思う。

まったく現実に起こった事件はリアリティに満ちている。現実に起こった事件を「リアリティがある」と評するのは本来おかしいことだが、わたしはこれらの名前を持った事件の概要に深く納得する。犯罪の名前が示しているように、これらの事件は、その日、その時、その場所で、その方法でしか起こり得ない犯罪だったのだ。それは「名張毒甘酒事件」も「和歌山毒入り麻婆豆腐事件」も「吉則ちゃん事件」も、この世に存在しないことと密接に関係している。それはフィクションではなく、誰がどう言おうと「現実に起きた」ことなのだ。

※吉展ちゃん事件の新聞記事。(「銀次のブログ」より)