プロの仕事 | 高橋いさをの徒然草

プロの仕事

わたしの自宅がある駅近くにある「C」という居酒屋は料理がバラエティーに富んでいて、しかも美味しいのでしばしば足を運ぶ。店員を含めて厨房にいるのは、みな四十代から五十代のオヤジたちである。みな黒っぽい同じような出で立ち。無言で注文の料理をテキパキと作るオヤジたちをビールを飲みながら眺めていて「コイツらはプロだなあ」と思う。彼らはどこにでもいそうな普通のオヤジたちである。しかし、ダイナミックに中華鍋を操る彼らの姿は、見ていてとても格好いい。

伊丹十三監督が作った「タンポポ」(1985年)は、長距離トラック運転手の力を借りて一人前のラーメン屋になっていく女(宮本信子)の姿を描いた映画だが、その映画に「よいラーメン屋の見本」として登場する店がある。わたしもしばしば食べに行く荻窪駅近くにある老舗のラーメン屋「H」である。この店も中年のオヤジたちが数人で営業しているが、映画に登場するだけあって彼らも実に機能的にラーメン屋を作る。映画でも「無駄な動きがない」と評されるが、白い前掛けをしたオヤジたちの動きはとても機能的でなおかつ清潔感がある。しかも出てくるラーメンがめっぽう美味いのだから文句のつけようがない。

わたしは今まで一度も料理人という職業に憧れたことはないが、もしも少年時代に「C」や「H」のような店で颯爽と料理を作るオヤジたちを目の当たりにしてたら、そういう道に進もうと思ったかもしれない。翻って、こうした格好いいオヤジたちのようにわたしも芝居を作りたい。料理と演劇という違いはあれ、ともにお客様に楽しんでもらうものを提供する点は変わらないのだから。思うにプロはどんな世界においてもまず清潔である。だから、プロの殺し屋もきっと清潔に人を殺すにちがいない。


※料理人。(「海旬処 魚華」より)