クラシックに出れないオグリキャップの快進撃。

地方競馬からの『成り上がり』は、その強さを見せるほどに人気を吸収していったが、その対抗勢力となるクラシック参戦組の戦いも盛り上がりを見せた。

当時はまだ、誰も知り得ない『昭和最後の年』昭和63年(翌年1月7日、天皇崩御により昭和64年は7日間だけだった)。

地方から現れた『新星』とともに空前の競馬ブームを築き上げる中心世代の戦いは、熱かった。



皐月賞を不出走に終わったスーパースター候補生・サッカーボーイの参戦を見たダービー。

3歳(現表記2歳)時、4戦3勝。新馬戦・9馬身、もみじ賞・10馬身、阪神3歳S・8馬身、その圧勝ぶりは紛うことなく『スーパースター』となれる大器を予感させた。

色濃いチョコレート色の栃栗毛、額に大きな流星が走り、疾風の差し脚を見せる時、その尾花栗毛の尾は黄金色にたなびく。

美しすぎる強者。


だが強すぎる脚力は蹄を痛めさせ、弥生賞を3着と敗れたあと飛節炎をもたらせた。

皐月賞を回避するも治らぬ飛節炎。陣営は大量の抗生物質を投与。治療の成果と引き換えに体調を悪化させていった。

5月、NHK杯4着。走れぬことはない。だが、ダービーを満足に走れるか?

盛り上がる競馬ブームを肌で感じる陣営は、疑問符を飲み込んだ。ファンはオグリキャップに対抗する『スーパースター』を待っていたのだ。



『怪物』マルゼンスキーの代替種牡馬ヤマニンスキーの仔、ヤエノムテキ。

つかんだ皐月賞の栄光。父の本物を証明して見せた。

オグリに負けた馬・・・・・・9番人気、人気薄の勝利・・・・・・聞こえてくる雑音。


クラシック頂点、ダービー。何も考えない、すべてをぶつける。



マルゼンスキーの仔、サクラチヨノオー。

全兄は函館3歳Sを制し、クラシック候補といわれたサクラトウコウ。脚部難のため大成できずに終わった。

夢を再び・・・・・・母サクラセダンに付けられたマルゼンスキー。サクラチヨノオーには、生まれる前からの『血の約束』があった。

兄を超え、クラシックを獲る。


皐月賞3着の悔しさを、晴らす。



サッカーボーイと同じ社台ファームで生まれ、父も同じディクタスのディクターランド。

函館3歳Sではサッカーボーイ(4着)に勝った馬。

皐月賞、屈辱の14番人気。大外一気に鬱憤を晴らした2着。

それは、栄冠なき2着。勝たなくては、いずれ無となる。人の心の中から消え去る。


そんなことは関係ない。いま、ディクターランドの前にあるのは、戦いの炎だけ。



長距離系の新種牡馬ノーアテンションの仔、コクサイトリプル。

3歳時、2戦2勝。5月、休み明けNHK杯から始動。マイネルグラウベンの3着に入りダービー出走権を得た。

トリプルはトリプルクラウン(3冠)を意味する。1975年菊花賞馬コクサイプリンス以上に期待された馬。

ダービーを勝てないトップジョッキー・柴田政人が『ダービーを勝ったら騎手を辞めてもいい』と言った有名な言葉は、この頃だった。



NHK杯を制してダービー出走を果たしたマイネルグラウベン。

社台レースホースとは対極の安価な共同馬主クラブ『サラブレッドクラブ・ラフィアン』の馬。

『シチー』とともに一般サラリーマンに馬主の夢をもたらす『マイネル軍団』(牝馬は『マイネ』)の希望の星となったマイネルグラウベン。

半姉ツキメリーの仔にダービー馬メリーナイス。マイネルグラウベンは年下の叔父にあたる。



NHK杯2着、メジロアルダン。

半姉が『牝馬3冠』メジロラモーヌ。

父がNHK杯を勝ったアスワン。皐月賞馬アズマハンター、バンブーアトラス(ダービー制覇)、ワカテンザン、ハギノカムイオー、世代の錚々たるメンバーを打ち破ったが、ダービー前に骨折・引退。

NHK杯は勝てなかったが、父の果たせなかったダービー出走。


父アスワンの魂をかけた走り、見せるのか!




5月29日、ダービー。

1.クリノテイオー
2.ディクターランド
3.コスモアンバー
4.モガミナイン
5.サクラチヨノオー
6.コクサイトリプル
7.リアリスト
8.インターアニマート
9.モガミファニー
10.ギャラントリーダー
11.ヤエノムテキ
12.ブレンニューライフ
13.マイネルグラウベン
14.マイネルロジック
15.ハワイアンコーラル
16.ガクエンツービート
17.ポートモガミ
18.メジロアルダン
19.ナカミリーゼント
20.ファンドリデクター
21.バンダムテスコ
22.サッカーボーイ
23.コウエイスパート
24.アドバンスモア


1番人気サッカーボーイ、2番人気ヤエノムテキ、3番人気サクラチヨノオー。

4番人気コクサイトリプル、5番人気マイネルグラウベン。


大外、24番枠アドマンスモアが捨て身の逃げを見せた。

大外一気に内へ切れ込んだ。


皐月賞と一転して内2番枠に入ったディクターランドが2番手。

その外につけたのがサクラチヨノオー。

インターアニマート、ギャラントリーダー、並んで行くメジロアルダン。


中団にヤエノムテキ。

サッカーボーイは、後方。馬群の外。



3ハロン、35秒1。1000m通過59秒9、10馬身ほどちぎって逃げるアドバンスモア。

ただ1頭、ハイペース。


早くも3コーナー手前でディクターランドが追いつき、馬群が飲み込んだ。

3コーナー過ぎ。

ギャラントリーダー、ハワイアンコーラルが外から進出。ディクターランドを飲み込んだ。


直線、先頭に立ったギャラントリーダー、ハワイアンコーラル。

その外に並びかけたサクラチヨノオー。


サクラチヨノオーの内から、メジロアルダンがやってきた!


横に大きく広がって、4頭が横一線の叩き合い。


坂を駆け上がった!

東京の勝負どころ、直線の坂。


先頭に立ったのは、メジロアルダンだッ!

父アスワンが果たせなかった夢、ダービー。

いま、走っている。そして、栄冠は目の前。姉メジロラモーヌ、母の血が活力を与えてくれた。


喰らいついたサクラチヨノオー。クビ差、前に出たメジロアルダンを必死に追いかけた。

負けられないッ。『血の約束』、たとえこの身が潰えようと、オレは走る。

そして、勝つ!



外から追い込んできたのはヤエニムテキ、コクサイプリンス。

矢のような伸びを見せたのは、『ダービー』に執念を見せる柴田政人が渾身に追う。

コクサイトリプルだ!


グングン迫る。


そして、


サクラチヨノオーが、


一旦、差されたメジロアルダンに並び、


前に出た!



クビの差、差し返したサクラチヨノオー。



コクサイトリプルが、


半馬身差まで迫った。



そこがゴールだった。


1着サクラチヨノオー

2着メジロアルダン

3着コクサイトリプル

4着ヤエノムテキ

5着ファンドリデクター


サッカーボーイは、直線も伸びず15着に敗れた。

スーパースター候補生の終焉か?


(つづく)