桜花賞1着アラホウトク、2着シヨノロマン、ともに栗東・庄野穂積厩舎、堀切広幸厩務員。

2頭しか担当できない厩務員。その2頭で桜花賞ワンツー、まさに堀切厩務員には夢のような一日だった。


その日々は続いた。

5月、オークストライアル・4歳牝馬特別。東京競馬場。

3歳時に3連勝、休み明けぶっつけ本番で臨んだ桜花賞で2番人気4着だった関東馬スイートローザンヌが1番人気。

アラホウトク1着、シヨノロマン2着、またもやワンツーフィニッシュ。関東ファンの目の前で強さを見せつけた。


アラホウトクは関西のトップジョッキー河内洋、ショノロマンは2年目の武豊、桜花賞とまったく同じ布陣でオークスへ挑む。




迎え撃つ関東馬。筆頭はやはりスイートローザンヌだ。

シンボリ牧場の期待の牝馬。新馬戦から3連勝した時は、同じシンボリ牧場ノシンボリルドルフを意識して『女ルドルフ』ともいわれた馬。

脚部難で桜花賞はギリギリ出走に間に合っただけ。それでいて4着。

オークストライアルは期待された、1番人気。またもや4着。

次こそは、オークスこそは・・・・・・すべてをぶつける。スイートローザンヌ、熱き決意。



母は桜花賞を5馬身差圧勝、オークス半馬身差2着、リーゼンクロス。

短距離系のアローエクスプレスを父にもつ母と、長距離系のブレイヴェストローマンとの間にできたのがアインリーゼンだ。

デビューは4歳2月と遅く、新馬戦を勝っていきなり重賞フラワーカップで4着。オークストライアルで3着に入り出走権を得てオークスに臨む。

母が成し得なかったオークス制覇。娘アインリーゼンが果たす。



1歳上のタマモクロスとともに父シービークロスの名を高めたシノクロス。

3歳時、京成杯3歳S・3歳牝馬S、重賞連勝。がんばって走った、桜花賞7着。

限界か。いや、限界など感じてはいられない根性娘。



社台レースホースが送りだすフリートーク。

桜花賞は3着。リアルシャダイ産駒だけに得意距離はオークス2400m。

この距離に賭けるか?




血で走る・・・・・・といわれるサラブレッド。たとえ良血でなくても、馬産家は配合を考え、より理想の馬づくりに没頭する。

ただ母馬の気性の都合で父馬を割り当てられ、生まれてきた仔もいる。

北海道・白老町、上田牧場に生まれたコスモドリームがそうだった。

母スイートドリームは気性の激しさで有名だった。種付けの際に、後ろに立った馬を蹴り上げようとする。とてもじゃないが、高価な種牡馬を付けるわけにはいかない。万が一、蹴り飛ばされてもリスクの少ない馬を・・・・・・上田牧場にいた自家用種牡馬というより、ほぼ当て馬生活をしていたブゼンダイオーが選ばれた。

上手く事を運んで身籠ったところで、その仔に期待はできない。だが、繁殖牝馬である限り仔を産んでもらわねば・・・・・・。安い価格でも売れれば、それでいい。

そうして生まれた仔が、母スイートドリームから名を取ったコスモドリームだ。その名に夢が詰まっていたわけではない。


栗東・松田博資厩舎に入厩。新馬2戦目のダート1800mで大差勝ちした。驚いたのは厩舎関係者全員であり、もっと驚いたのは故郷の牧場だった。

6戦目に芝2200mはなみづき賞を勝ち、オークスへ出走を決めた。

騎手3年目の熊沢重文を鞍上に、オークス挑戦。勝つことなど考えていない。大差勝ちしたといってもダート戦。スタミナはありそうだ。後方から行って、直線でどれだけ抜けるか? 正直、その程度だった。




5月22日、オークス。

1.スヌープトウショウ
2.タニノセブンツー
3.スルーオベスト
4.シノクロス
5.リキアイノーザン
6.アインリーゼン
7.シヨノロマン
8.サンキョウセッツ
9.コスモドリーム
10.アラホウトク
11.ロイヤルアカデミー
12.スイートローザンヌ
13.スイートバーデン
14.マイネレーベン
15.ネーハイコインド
16.リアルボールド
17.キリセオリー
18.フリートーク
19.マルシゲアトラス
20.リワードフレンジー
21.ニオーダタミ
22.ラブリーエプソム


1番人気アラホウトク、2番人気シヨノロマン、3番人気スイートローザンヌ。

4番人気アインリーゼン、5番人気シノクロス。


スルーオベストの捨て身の逃げで始まった。

良馬場ながら雨が降りしきる中、リキアイノーザンを引き連れて、逃げた。

マイネレーベン、フリートークが行く。


内に潜り込んでスイートローザンヌが好位につけた。ここに賭ける気迫が見え隠れ。

中団前目につけたのはアインリーゼン。その後ろにシヨノロマン。

アラホウトクはその後だ。


後方15番手、じっくり行くコスモドリーム。

『後ろからでいい。直線ま追うのを我慢しろ』、忠実に守る熊沢。



スルーオベストが差を開いた。

向こう正面で10馬身、完全に単騎先行、大逃げに入った。


場内がどよめき、さらに大きなどよめきと悲鳴に変わった。


内にいた1頭の馬が失速し、馬群の後方へ下がり、やがて・・・・・・馬群から大きく取り残された。


故障だッ!


スイートローザンヌだッ!


『シンボリ』の勝負服が、揺れて失速した。競走中止。

降りしきる雨が、止まったスイートローザンヌの馬体を濡らした。

夢半ば、ターフに散ったローザンヌ。



レースは終わらない。

目の前から消えたローザンヌ。


思いを皆が繋ぐかのように、スパートした。


外を一気に駆け上がって先団に取りついたアラホウトク、シヨノロマン。

対抗して見せるフリートーク。


逃げるスルーオベストとの距離をみるみる詰めた。



4コーナーから直線。

かろうじて先頭で回ったスルーオベスト。

フリートークが交わして先頭に立った。


外からやって来るシヨノロマン、アラホウトク。



直線半ば。



伸びが止まったフリートーク。

追うシヨノロマンも、アラホウトクも、差がつまらない。


仕掛けが早すぎた、か?



『最後に追え!』


その言葉が、心の中で反復した熊沢重文。


無我夢中で追った。


グングン伸びるコスモドリーム10番人気。

その後ろから来る、さらに人気薄のマルシゲアトラスを引き連れて、前に迫った!



さらに伸びてきたアインリーゼンを抑えて、


ついに、フリートークをとらえ、先頭に立った。


誰もが想像しなかった。



ドリーム。


夢なきドリーム。




ただ、


コスモドリーム自身は、


いつも、いつも、夢見る少女だった。




自分の生い立ち。


自分の血のいわれ。


期待のなさ。



関係ない。


いつも、いつも、夢があったから・・・・・・走れた。


1着コスモドリーム

2着マルシゲアトラス

3着アインリーゼン

4着フリートーク

5着シヨノロマン


(つづく)