新馬戦から7連勝。皐月賞を制したキタノカチドキ。
負けることのない馬。
ダービーで負けた。
厩務員ストライキの影響で日程が延び、体調に翳りが見られた。
出る以上は言い訳にならない。
悔やみきれない一戦となった。
秋、神戸新聞杯、京都新聞杯を連勝したキタノカチドキは、再び負けない馬として菊花賞をめざした。
ダービーを勝ったコーネルランサーは脚部不安で長期休養に入った。復帰叶わず、ダービー以後1走もせずに1976年、引退。種牡馬となり、84年には当時の韓国大統領・全斗愌に寄贈され、『大統領の馬』として91年に生涯を終えている。
厚遇を得た。それがしあわせだったか、どうか? わかるすべはない。
ダービーをハナ差2着だったインターグッドは、8月に巴賞2着のあと脚部不安。その後、彼もまた、1走もせずに引退。種牡馬となったが、活躍馬は出せなかった。
打倒キタノカチドキに燃えたのは、キタノカチドキと同じ関西馬だった。皐月賞7着、ダービー4着のスリーヨーク。
キタノカチドキと5度対戦して負け続け。徐々に、徐々に差を詰め、朝日チャレンジカップで重賞初制覇、京都新聞杯3着。負けない勝負根性で挑んだ。
コーネルランサー、インターグッドを失った関東からは、NHK杯を勝ちダービーで3番人気になったナスノカゲ、皐月賞4着フェアーリュウ。
単勝1.2倍。圧倒的人気のキタノカチドキ。ただ勝たすわけにはいかない。
1強vs全伏兵。何としてでもひと泡吹かす、各馬の意気込みは、熱かった。
11月10日、菊花賞。
1.スリーヨーク
2.アウレリウス
3.キタノカチドキ
4.バリオン
5.ホウスウセダン
6.ヤマトバーボン
7.ナスノカゲ
8.キヨリューズキ
9.クラウンパレード
10.ウエスタンダッシュ
11.バンブトンオール
12.ヤクモリマンド
13.ダテパーパスオー
14.ムーンレイカー
15.フェアーリュウ
1番人気キタノカチドキ、2番人気スリーヨーク、3番人気ナスノカゲ。
4番人気フェアーリュウ、5番人気バンブトンオール。
先行・好位がレースパターンのキタノカチドキ。
撹乱に入ったのがヤマトバーボン。ゲートが開くや、一気に行った。
後続を離しにかかる。
ダテパーパスオー、差し脚のナスノカゲが、なんと3番手。
キヨリューズキ、そして、キタノカチドキ。
その外を猛然と上がる馬がいた。まだ、最初の4コーナー。
天才・福永洋一が手綱を取るバンブトンオール。
まだ2勝馬。北海道3歳S・弥生賞2着、皐月賞13着、京都新聞杯12着。強いと弱いが同居する不思議な馬。
天才が考え出した秘策は、カチドキのおびき出しだったか?
キタノカチドキ鞍上・武邦彦は動じなかった。
6番手、インでじっくり構えた。
世代最強馬に懸念されたのは、距離3000m。
負けるわけにはいかない絶対人気馬。ダービーを勝たせてやれなかった。菊花賞は何がなんでも勝たせるッ。その思いは強かった。
騎手が慌てるわけにはいかない。
打倒キタノカチドキ。各馬が動くなか、ただ1頭、ピッタリとマークする馬がいた。
スリーヨークだ。
真っ向勝負を挑んだ。
向う正面、逃げるヤマトバーボン、5馬身、バンブトンオール、5馬身、ナスノカゲ。
さらに5馬身遅れてキヨリューズキ、ホウスウセダン。
キタノカチドキ、すぐ後ろにスリーヨーク。
3コーナー、長い隊列が塊となった。
キタノカチドキが上がり、スリーヨーク外から馬体を合わせ、後続が連なった。
凝縮された馬群の先頭にバンブトンオール、ナスノカゲ。
内を突くホウスウセダン。
大外から迫るキタノカチドキ、スリーヨーク。
直線、逃げるバンブトンオール。福永は前で脚を溜めていた。
簡単には下がらない、強いバンブトンオール。
外から迫るキタノカチドキ。さらに外からスリーヨーク。
3頭が並ぼうとしていた。
勝負どころ。
渾身のムチが飛ぶ。
ゴール前50m。
抜け出したキタノカチドキ。
絶対、勝たせるッ。武邦彦の執念が勝った。
天才・福永の野望は届かなかった。
真っ向勝負のスリーヨークは力尽きた。
内から伸びたホウスウセダン、フェアーリュウが2着争いに突っ込んだ。
1馬身4分の1抜けたキタノカチドキ。
アタマ、アタマ、アタマで4頭が雪崩れ込んだ。
1着キタノカチドキ
2着バンブトンオール
3着フェアーリュウ
4着ホウスウセダン
5着スリーヨーク
11戦10勝。ダービーだけが・・・悔やみきれないキタノカチドキ。
それでも、菊花賞を勝てた。世代最強馬の誇りとして、ダービーの雪辱は菊花賞を勝つことにあった。
この一戦だけは、落とせない。
ゴール後のウイニング・ラン。
2コーナー過ぎ。
そっと目に手をやる武邦彦を、テレビカメラは捉えていた。
(つづく)