1995年5月27日。

北海道早来町、競走馬の名門ノーザンファームで生まれた牝馬。

父サンデーサイレンス、母カーリーエンジェル。

母の母はオークス馬ダイナカール。

母の3歳下の半妹は女傑エアグルーヴ(オークス、天皇賞秋制覇)。


良血牝馬として、その将来をも嘱望されて生まれてきた。


エアグルーヴがアドマイヤグルーヴ、イントゥザグルーヴ、ポルトフィーノ、フォゲッタブル、ルーラーシップ、グルヴェイグと続々といい仔出しをしているように、その血脈の確かさは証明されている。


愛らしい栃栗毛の仔馬はエガオヲミセテと名付けられ、栗東の音無秀孝厩舎に預けられた。

厩舎では「ニコ」と呼ばれたエガオヲミセテ。


デビューは遅く3歳(現表記2歳)11月。15着惨敗。

2戦目で初勝利。


4歳は4月忘れな草賞から始動。9着惨敗。

スイートピーSを先行押し切り勝ち。


オークスは15着惨敗。


惨敗、勝利を繰り返すエガオヲミセテ。

「ニコ」はまだ、お茶目でやんちゃな少女だった。



それでも素質の片鱗は見せていた。

秋華賞をファレノプシス、ナリタルナパーク、エアデジャヴーに続く4着。

暮れの阪神牝馬特別ではアドマイヤサンデー、スギノキューティー、キョウエイマーチ、エリモエクセルを破って重賞初勝利。



5歳になり、マイラーズカップでは、キョウエイマーチ、ファレノプシス、マチカネフクキタル、アインブライドのG1馬4頭を退けて勝利。

安田記念をエアジハードの6着。

エリザベス女王杯ではメジロドーベル、フサイチエアデールの3着。




G1の頂点に届かなくても、

ひたむきな走りとその名で、多くのファンをもつ馬だった。


「ニコ」、走りのなかで見る人に訴えているかのごとく、エガオヲミセテ。

栃栗毛の馬体を躍らせて、懸命に走っていた。



あの日、悪夢のなかで「ニコ」は帰らぬ身となった。


2002年、2月11日未明、宮城県にある社台グループの山元トレーニングセンターから出火した。

厩舎1棟が全焼。厩舎にいた30頭のサラブレッドのうち22頭が焼死。


放牧をして英気を養い、春をめざしていたエガオヲミセテもそのなかにいた。



悲報に暮れる厩舎。

2月14日、東京競馬場で行われたダイヤモンドS、同厩舎の先輩馬ユーセイトップランは7戦連続二桁着順に終止符を打って、1年3カ月ぶりに勝利した。

いつも直線勝負のユーセイトップランが3コーナーから一気のロングスパート、なりふり構わず押し切った。



「神様はむごいことをする……」音無師は悲しみの狭間の勝利に絶句したという。



天国の「ニコ」は言ったかもしれない。


厩務員に、騎手に、調教師に、同厩の僚馬に、


そして、多くのファンに。


「えがおを見せて」。