1992年、日本の競馬界に生まれた67頭の仔馬たち。

サンデーサイレンスのファーストクロップ(初年度産駒)。

皐月賞馬ジュニュイン、ダービー馬タヤスツヨシを出し、サンデーサイレンス時代到来を予感させるに十分だった。

その中でも、最もサンデーに似た馬といわれていたのが、

フジキセキだった。

父サンデーサイレンス、母ミルレーサー。


父と同じ青鹿毛、父の流星の代りに、額には白く星が輝いていた。

垢ぬけした均整のとれた馬体、調教の動きも群を抜いていた。


1994年、8月、すでにサンデーサイレンスの産駒が続々新馬戦を勝ち上がるなか、新潟の3歳(現表記2歳)新馬戦に登場したフジキセキ。

4コーナーを3番手で回り、直線、抜け出し、2着を8馬身ぶっちぎった。


10月、もみじSではダービー馬となるタヤスツヨシ以下に持ったままで完勝。


12月、朝日杯3歳S(現朝日杯フューチュリティS)に登場。

話題はフジキセキ対、同じ2戦2勝の外国産馬スキーキャプテンに終始した。

1.5倍の1番人気がフジキセキ。


レースでは好位からフジキセキがあっさり抜け出すところを、スキーキャプテンが襲いかかるも、フジキセキがクビ差制した。

ムチを使うこともなく、クビ差以上の余裕の勝利だった。



初年度から旋風を巻き起こすサンデーサイレンス産駒。

間違いなく頂点はフジキセキだった。


この年、ナリタブライアンが3冠制覇。

来年、クラシックをリード、2年連続3冠の夢も……。

昇りつめた評価。



明けて4歳。

弥生賞で、評価の正しさを証明したフジキセキ。

2番手から、直線先頭もゴール100mでホッカイルソーに並ばれる。

そこからがキセキの末脚。あっという間に2馬身半突き放した。


フジキセキ=奇跡、輝石、軌跡、さまざまな意味が込められているという。

あの突き放しこそ、まさに輝石!

絶賛され、クラシック制覇は不動といわれた。



4戦4勝。

フジキセキの軌跡だった。


弥生賞後、屈腱炎を発症したフジキセキは、即、引退した。

あまりにも惜しい競走馬としての軌跡。



そして、種牡馬として歩むフジキセキ。

シャトル種牡馬として、夏はオーストラリアでも種付けをした。


産駒は堅実に活躍。

ダイタクリーヴァ、テンシノキセキ、オースミコスモ、フジサイレンス、タマモホットプレイ、重賞勝ち馬を輩出するが、G1馬を輩出できないフジキセキ。

ダンスインザダーク、スペシャルウイーク、アグネスタキオン、後輩サンデー産駒の仔が活躍し始めるに連れて、G1馬を輩出し始めた。

カネヒキリ、キンシャサノキセキ(豪州産)、コイウタ、ファイングレイン、エイジアンウインズ、ダノンシャンティ。



そして、父フジキセキの軌跡そのままに朝日杯フューチュリテイS制覇をめざす馬2頭。


父フジキセキ、母サマーナイトシティ。

サダムパテック。


父フジキセキ、母ベルベットローブ。

アドマイヤサガス。


敵は同じサンデー後継、いまをときめくディープインパクトの仔か?


東京スポーツ杯2歳S覇者サダムパテック、

デイリー杯2歳S2着アドマイヤサガス、

奇跡の仔ではなく、輝石の仔として、王者をめざす。


父フジキセキの名にかけて。