週末、弟が帰ってきて、
母と弟、私の、三者会談が開催されました(笑)
弟が帰ってきて、しばらく経っても、母も弟も、案の定、動かない(笑)
母は、「弟から謝るべきだ、話をするべきだ」と言う。
「でもさあ、弟からは絶対、話はして来ないよ。そんなのよく分かってるじゃない。」と私。
そう、何をどうやっても、弟から話を切り出すとは考えられない。
「お母さんがどうしたいか、だよ。
弟がどうこうじゃなくて、自分が話したかったら話せばいいじゃない。」
そう言っても、
「私はもういいの。話したって仕方ないもの。」と言う。
そして、「今はまだタイミングじゃないと思う。」とも。
それを聞いて笑ってしまった。
「30年も何も言わずに来た弟が、ああやって言った今がタイミングじゃなくて、いつがタイミングなのww
まあ別に、お母さんが話をしなくてもいいって言うなら、それでいいんじゃない?」と。
その癖、「弟が何も言ってこない」と何度も私に言う。
「お母さん、逃げてるだけなんじゃないの?話したかったら話せばいいのに。」と言っても、
「別にいい。」を繰り返す。
何度目かの、そのやり取りをしている時に、弟が来た。
すると・・・私に目配せをする母ww
まあいいか、と思って、
私が、「ちょっとそこに座って。話そうよ。尋問じゃないからww」と切り出した。
弟は「尋問だろ・・・」と呟いて、でも、大人しく腰を下ろした。
私は、この機会に話をした方が良いと思っていたし、
もともと、話には加わるつもりでは居たのだけど。
母と弟じゃ話しにならないだろうし、
下手をすると、
「どうせ私が全部悪かったのよ。
でも私も大変だったのに、誰も分かってくれない。
どうせ私なんて生きていても仕方ない。」と母が泣き喚き、
弟は「だからそういうところがイヤだって言ってるんだよ!!!」とぶち切れ。
そういう展開になるだろうことが、容易に想像できるから。
弟は、ぐちぐちしつこく責められることがイヤだった、と言った。
その気持ちはよーく分かるww
私もそこは、「分かるよー。私もお母さんのそういうところイヤだもん」と、
さりげなく同意しておいたww
そして、弟が、全く口をきかなくなった理由を話した。
子どものころ、「どうして?どうして?」と、子どもらしく色々なことを訊く弟に、
母は、「喋りすぎ、沈黙は金」というようなことを言ったらしい。
そこから、「話しちゃいけないんだ」と思って、話さなくなったとのこと。
そして、一番下の弟がワガママ放題だったことを心配した弟が、
父と母に、その心配を訴えたところ、
2人に、指を指して笑われた、と。
そこから、「自分が何を言っても聞いてはもらえないんだ」と思った、と。
私は、具体的な出来事があって、そのことで自分を殺した、そこから変わった、という記憶が無いから、
へえ~、そうやって、具体的に「これ」っていうものがあって変わっちゃうこと、本当にあるんだなあ、と、
変な関心をしていたけれど。
でも、今でもハッキリとその場面を覚えているという弟に、
本当に、ものすごいショックだったんだなあ、と思った。
その話を聞いて、私はこう言った。
「確かに、それはすごいショックだったと思う。
そこから本当に喋らなくなったんだから、相当だよね。
でも、たぶん、お父さんもお母さんも、弟を傷つけようとしてやったことじゃないよね?
悪気があった訳じゃないと思う。
でも、子どもはさ、やっぱりショックなんだよね。
子どもって、「待って」と言ったのに待ってくれなかった、それだけでもすごい傷になるみたい。
でもそれって、誰にでもあることで、仕方が無いんだよね。
その時はすごいショックだったと思う。
その時の弟のことを思うと、本当に可哀想だと思う。
でも、いまの自分、大人になった自分でその出来事を見てみたら、
他の見方もできるかもしれない。
ずーっとそれを持ち続けてもいいけど、もし持ち続けることが苦しいなら、
違う視点から見てみることもできるんだよ。」
・・・自分ができてない癖にねww 偉そうにwww
その後も、1時間くらいは話してたかな?
と言っても、弟はそれ以外、ほとんど話はしなかったけれど。
ただ、気に入らないと、すぐに不機嫌全開になる弟だけど、
そういう様子は無かった。
単に諦めて大人しくしていただけかもだけどww
でも、「完全に、100%嫌い、イヤだ、っていう訳では無いんだよね。いくら憎しみみたいな気持ちがあっても、それだけじゃないよねえ。」という私の言葉に、黙って頷いていた。
母も感情的になりそうになっていたけれど、それも軌道修正しつつww
「ほら、お母さん、すぐにそうやって『どうせ私は』とか言うけど、
私も弟も、お母さんが自分を責めればいいとか、後悔すればいいとか、
そんなこと、全く思ってないんだよ。
むしろ、それをやられたら辛いんだから。」と。
で、やっぱりこういう話のとき、母は、「私だって」と、自分の話を持ち出すんだよね。
「聞く」ということができない。
張り合おうとする、っていうのかなあ。
「私だって、母親に愛されていなかった、酷いことをされた。」と。
その気持ちは分かる。
たぶん、母の傷が疼くんだろうね。
「お母さんの気持ちも分かる、でも今は、弟の話を聞こうよ。
お母さんもお母さんで、傷が癒えてないんだよね。」と言ったら、
珍しく、素直に「そう。癒えてない。」って言ってたな。
まあ、建設的?な話し合いにはならず。
だって、当事者の2人、自分から話したがらないしww
でも、弟の話も聞けたし、私的には、まあ良かったかな、と思う。
何より、穏やかに話ができたのが良かった。ほっとした。
中身は無いけどww
私の「話をした方がいい」という思いを押し付けちゃったかな、と思う。
別に、話す必要は無かったのかもしれない。
でも、昔から、何かがあっても「見て見ぬフリ」「無かったこと」にしてしまう、
この家の「暗黙の規則」のようなものがイヤだった。
だから、話をした方がいいんじゃないかって思った。
私が会話をコントロールしてしまったことも、良く無かったかも、とも思う。
2人を信頼して放っておくことができなかった。
今回の話し合いは、私のエゴを満たすためのものだったと思う。
今回のことで、弟はますます「言っても無駄だ」と、口を、心を閉ざし、
母も、「私が何か言うと、鬱陶しがられたり、傷つけたりするかもしれない。私は本音を言っちゃいけない。思ったことを言っちゃいけない。」と思ってしまう、
そういう可能性もあるんじゃないかと思うし、
それを不安に感じてる。
でも、いまの私は、こうしたかった。
ただひとつ、救いなのは、弟と母の間で、できるだけ中立で話ができたこと。
まあ、それも私の感覚でしかなく、
実際はどうだったのか、
そして、母と弟はどう感じたのかは分からない。
結局、「・・・これでいいのか(T_T)」というような展開だったけれど、
まあ、これも起こるべくして起こったこと、と、
こんな時ばかり都合よく「お任せ」する、勝手な私なのでした。。。
ブログにコメントをくださった方、
見守ってくださった方、
いっぱい助けていただいてます。
いつも、本当に、本当にありがとうございますo(^▽^)o
そして、昨日のマシマシさんワークショップ♪(唐突な話題変換ww)
絵が下手くそ&苦手意識バリバリの私なので( ̄ー ̄;
行く前はイヤでたまらなかったんだけどww
でも、あったかい、とても素敵な時間をいただきました☆
かおの絵は、描いていただくつもりは全く無かったのだけど、
スピカちゃんや、他の方が描いてもらってるのを見ていたら、
私も描いてもらいたい~!!という衝動に襲われ( ̄∀ ̄)
飛び入りで描いていただきました~☆
絵をご覧になりたい方は、
今日のスピカちゃんのブログ
まで♪(←横着ww)
しかし不思議ですねえ、かおの絵。
スピカちゃんも書いているように、
他の方が描かれているところを見ている時も、瞑想に入った時のような気持ち良さ。
出来上がった絵を見て、
「これはその人の魂の絵だ!」と思いました。
そして、なんだかお守りのように感じられて…。
そしたら、すごくワクワクして、
それで、もんのすごく描いてもらいたくなっちゃったのでした:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
自分が描いていただいてる時は、見学の時よりも、もっと深く「入る」感じで…
すごく気持ち良かったです。
マシマシさんが、
「この絵を描いてもらう時って、何かしら、自分にとってのタイミングだったりするんだよね。
もうひとつの誕生日のような…」とおっしゃってて。
なんか嬉しくなっちゃった(〃∇〃)
というわけで、10月23日は、私のもうひとつの誕生日です☆
でも、マシマシさんが、私のかおの輪郭?の色を塗り始めたとき、
正直、「お?( ̄_ ̄ i)」と思った。
私らしからぬ?、淡い色だったから。
勝手に、ハッキリした色を想像してたから。
出来上がった絵を見ても、すぐには「私だ」っていう感じはしなかった。
スピカちゃんの絵は、見て一発で「スピカちゃんだ☆」って思ったのに。
でも、ワーク中に、壁に立て掛けられた私のかおの絵と、
何度も目が合うんですよww
そのうち急に、「あ、これ私だ!」って思って。
それからは、私にしか見えなくなった(o ̄∇ ̄o)
で、すんごい愛着が湧いて。
マシマシさんもこんなことを言ってた。
「書く前の印象では、オレンジとか、ハッキリした色かなと思ったけど、あの色だった。
そういうこともあるんだよね。
だから、出て来た色に疑問を持たず、自分の主観はなるべく排除して描いてる。」って。
記念撮影のとき、あの絵を持って立ったら、参加者の方も、
「こうやって見ると合ってる~。」って言ってくれて。
マシマシさん、素敵な絵をありがとうございました(≧∀≦*)
ワークショップも、アットホームで、すごくあったかい時間でした。
2人でペアを組んで、お互いを描くのだけど、
もう、みなさんほんっとに素晴らしい絵を描かれる(ノ◇≦。)
始める前にマシマシさんが、
「かお、っていうよりも、本当に自由に色々描く人たちが出てきて。
曼荼羅みたいなのとか、もう何でもアリで」っておっしゃっていたから、
絵の苦手な私は、早々にその路線で行こうと決めたのだけどww
でも、みなさんの絵を見たら、
「やっぱり私センス無い~、ヘタクソだあぁ~・゚・(ノД`;)・゚・」と恥ずかしくて。
けど、これがウソ偽りの無い私だからね。
もうしゃーないわ、と開き直りww
そしたら、抵抗が少し小さくなって。
で、思ったのだけど。
評価が無いこと、お互いを認め合うことって、
すんごくラクだね。
ただ、それぞれが感じたことをそのまんま表現して、シェアする。
そこには「正しい」も「間違い」も無くて。
まさしく、「みんな違って、みんないい。」
なんかね、あったかい気持ちになるんだよね。
そして、素直に人の素晴らしさを賞賛できて。
卑屈な気持ちや、自信の無さがちっちゃくなって。
「私はこう感じました~♪」って。
「自分の感じたことを信じる」って、大事なんだなあ。
そこには比較は無い。
ただ、そう感じた自分が居て、
それを自由に素直に、思ったままに表現するだけ。
自分が感じたことについても、
どうしても、それが正しいのか?正しくないのか?
ジャッジしてしまう。
それが自信の無さ、自分を信頼できないことに繋がって。
でもさ、「私はそう感じた」、それだけなんだよね。
人と比較してしまうっていうことも。
「比較」じゃなくて、「認め合う」「受け容れる」なら、
こんなに気持ちいい、ラクチン♪
全然上手く言えて無いけどww
どうか感じてください、ハートでwww
あ、グルーヴで、か( ̄▽ ̄)ノ
お話の時間も、科学的なことから、「正直に生きる」っていうことまで。
すごく深くて、半分くらい「??」だったりもしたのだけど(^▽^;)
マシマシさんが「存在」と出会った時、
蛇のような、聖でもあり、悪魔でもあり・・・
ただ、「いのち」だった、
そのお話が、すごく印象的だった。
すべてに「いのち」は満ちていて、
すべてが、その海の中に居る、って。
(ニュアンスなど違ったら申し訳ありません、、、私の受け取り方ですのでm(_ _)m)
本当に、参加者の方々も素敵な方ばかりで、
とても楽しい時間でした♪
マシマシさん、スピカちゃん、皆さん、
本当にありがとうございました~(*´∇`*)
そして、今日も読んでくださって、本当にありがとう☆
心からの感謝をo(^-^)o