昨日のりっちゃんのセッションのおかげだと思う。
(思う、じゃなくて、確実にそうかw)


「人と比較しなくていい、私は私でいいんだ」という感覚を味わってる。

生まれて初めての感覚かも(笑)
少なくとも、ものごころついてからは初めてだな。


そりゃ、アタマでは分かってたし、
何よりも、散々、常に、これでもかっていうくらいww、自分に言い聞かせて来たけど、
分からなかった。

分からない自分をまた責めてたし。

「体験する」ってこういうことかな。
腑に落ちた、というか。
体験ってすごいね~キラキラ


いいなあ、この安心感。

でも、大事にしつつも、しがみつかないようにね(笑)
たとえまた見失っても、「無くなった」わけじゃないから。



この肉体と心、
思い癖やらカルマやら、色々なものを持って、
でも、それらを全部、自分で選んでここに来た。
ゲームをしに(^_^)v

自分をまるごと抱き締めたいな。



いや~、麻美ちゃんの直球・剛速球がビシバシ来ました。

ほんとに愛だよなぁ。



もちろん、あくえりあんさんも、スピカさんも、ホクレさんも、tomomoさんも、理恵さん(タケシさんww)も、

その他の方々も、みなさんとにかく、キラキラの、あったかくてでっかい愛で。



お話より何より、会いたい人に会いに行って、色んなものをいただいて来たなぁって。





あ、もちろんお話も良かった。



光と闇のこととか。


表だけ、裏の無い状態は「空っぽ」だってこととか。


神様に「ハラ見せろコラ(なんて口は悪くないけど(笑))」って言われる時のこととか。


裏も表もぜんぶが愛で、全部ひっくるめてありがたい、っていうこととか。


そして、どれだけ「いま」を、自分を、周りを、すべてを観て感じて慈しんで生きてるか、

それだけだ、っていうこととか。


「在り方」だとか。



うーん、言葉にできない。(あ、投げたww)




瞑想では涙が溢れ、話を聞いていてグサっと来たりもして。






でもその反面、みんなのふかーい愛に圧倒されて、
「私にはあの愛は無い、あの輝きは無い。
 私にはやっぱり無理なのかも、分からないのかも、、、」
なーんて、例のごとく、「分からない、自分はダメだ」って駄々をこねる、

卑屈っ子・僻みっ子も登場してたりして・・・(。-人-。)



情けないけどね。



でも、これが偽らざる今の私であって。

・・・ほんっと情けないけど(笑)



けど、「どうしたらいいんだろう」は、とりあえずもう置いといて。

そういう自分と、ただ一緒に居るっていうこと。

否定も、必要以上に肯定もせずに。

でも見捨てずに、嫌わずに。

ただじっと見守るように。



色々なことを、それこそ善も悪もなく体験しにここへ来ているなら、

ただ感じるっていうこと。

抵抗せずに。



私の魂が私を選ばなかったら、誰か他の魂が、この私に宿ってたんだって。

だったら、私がちゃんと、私を味わって、表現してみよう、って。



まだ味わいも何もわかっちゃいないけどww





これが正しいかどうかは分からない。

でも、やってみる。

すぐに忘れちゃうから、一日に何度も思い出して。

思い出させてくれる人たちに感謝して。














どんな人もみんな、だれひとり例外無く、
大いなるもの、神さまから愛された存在なんだって。
いつもどんな時も、絶対の愛で守られているんだって。

もしそうだとしたら。


親から愛されずに育った私は(それさえも、私が創り出した幻なのだろうけれど)、
愛なんて分からない、
自分を、ひとを愛することなんて無理だって思ってきた。
そして、そんな私は誰からも愛されない、愛してもらえるはずが無いって。

でも、誰もがひとしく愛されているんだったら。

子どもが親を、まるごと愛したっていいじゃない。
「親は子どもを無条件に愛するべき」とか、
「くれなかったんだからやるもんか!」なんて言わずに、
愛してみたっていいんじゃない?


魂には、上も下も無いって言うし(笑)

ケチケチせずに、ど~んと行っちゃってみるってのはどう?


そしたら、もしかして、
何か違うものが見えてくるかもねo(^-^)o




自分へのメッセージ。