座
座
日本の古武術のみならず、日本における生活の中でもよく見かける正座。
お子様を剣道や合氣道、空手と言った武道教室に通わせておられる方、また、御自身が武道教室に通っておられる方、道場でこんな場面を経験したことがありませんか?
私が幼い頃に通っていた剣道の道場を例にしますが、稽古の始めと終わりに
「着座」
の号令がかかり、生徒全員が一列または数列に並んで正座します。
すると武道教室の先生がこう言うのです。
「背筋正して!」
その言葉に生徒達はピンと背筋を伸ばし、直角に上半身を立てるのです。
それを見る親御さん達は、
「おっ! 背筋をピンと伸ばして良い姿勢だ!」
と思われるようですが、私の武術理論から見ると…
これ、全然ダメなんです。
何がどうやって直角L字に座すのが良いことだと認識されるようになったのか、私には解りかねますが、とにかく私の武術理論上これは絶対してはダメ!
特に居合を嗜む人はしたらダメなんです。
直角L字に胸を張って正座する人を、背後から軽く押してみましょう。
倒れません。
次に正面から軽く押して見ましょう。
あれれれれ? 簡単に後ろに倒れてしまいます。
これ即ち床に着いている脚と上半身の軸がずれているということなのです。
ではどのように座せば良いのか?
素敵な御手本を示す方がおられます。
人間と神のハーフ… 釈迦でーっす!!
もとい、鎌倉の大仏様です。
座す大仏様は各地で見られますが、私は鎌倉の大仏様のこの姿勢にしびれます。
軸が整っているからです。
鎌倉の大仏様を見ると、なんとなく猫背っぽくて、お顔は前に出て見えます。そう、これこそ武術を意識した座なのです。
正座、立膝、私が嗜む居合にはこの二種の座り方があるのですが、どちらも上体はやや前傾がベスト。
正座で説明するなら、直角L字ではなく、傾いたL字に座るのが武術としての理想形。
足の指先と膝頭を底辺とするなら、頭の位置はその中心に来るように座る。つまり線で結べば二等辺三角形になるように座るのです。
この状態で正座して先程と同じことをしてみましょう。
後ろから軽く押す… 前から軽く押す…
左右横からも押してみましょう…
どうですか?
直角L字正座と違って倒れにくいことに気づかれますでしょう?
そしてこの二等辺三角形を作る正座には様々な利点もあるのです。
少し技術が必要ですが、相手が強く押してきても、呼吸を合わせれば2~3人がかりで押そうが後ろに倒れません。この時の呼吸を合わせるというのは、合氣道で言うところの「氣」と呼ばれる不思議な力! ではなく、腹式呼吸ではなく胸式呼吸で応じるということ。物理的にどう言う作用が起きているのかと言えば、横から押してくる力のベクトルを上方に逃がすという働きに変えているというわけです。
更に眼に見えて有効なのが、刀の柄が水平または水平やや水流し(少し下に傾くこと)の角度になるということ。
これにどのような利点があるかすぐに想像できた方は、なかなかの武術センスの持ち主。
柄が水平或いは水平やや水流しの角度になるということは、手を刀にかけるまでの時間が短縮されるということ。零コンマ数秒の遅れが命を落とす結果になる武術の世界において、如何に早く刀に手をかけることができるか? はとても重要。しかも柄頭が上に向いてしまう直角L字正座では、刀に手をかけるまでの腕の動き、つまり初動がどうしても読まれてしまうのに対し、二等辺三角形正座は初動を読み辛くさせるのです。
居合とは立合の対義語。
さぁさぁ我と立ち合え!
と宣戦布告してからの勝負ではなく、突然の有事に対応することが理想的なわけですから、単に正座と言っても本当の意味で気を張らなければいけません。直角L字正座で胸を張るのではなく、武術としての正座で張るのは気!
普段の居合稽古の中で少しこれを意識して座してみてください。
これまでとは違った景色を見ることができると思いますよ。
因みにアイキャッチ画像として使用している六男の正座。理想的な二等辺三角形正座です。稽古で教えたものが自然と身についたようで、今回のブログ記事用に撮影したものではなく、一昨年の端午の節句辺りになんとなく撮影したものですが、肘から指先への角度もほぼ完璧です。
近頃では古流を名乗る流派、道場によるSNS投稿の動画や写真の中で頻繁に、両掌を上に向けて座っていたり、恥部を隠すかの如く、両手を股の間に挟みこむように座ったり、はたまた膝頭の前に五指を立てるような座り方をしているものを見かけますが、いずれも武術観点から見ると疑問符をつけざるをえないものばかりです。いずれの座り方も命が失われる危険があった時代に果たして行われていたでしょうか?
1+1=2でしかなく、地球を照らす太陽が一つだけであるのと同じで、物理的にも武術的にも適った姿勢、所作と言うのは一つだけと覚えておいて支障はないでしょう。私はそう思います。