御刀紹介

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/448/00.html
本名、山上重次。明治43年生まれ、栗原昭秀の日本刀鍛錬伝習所にて笠間繁継に作刀を学び、昭和9年、刀匠銘「昭久」を昭秀師より拝命して、昭和18年には陸軍受命刀工となり、陸軍軍刀展覧会においては特別名誉席に選ばれた、昭和の激動の大戦期に生きた名刀匠です。
戦前は、新作日本刀展文部大臣賞・海軍大臣賞・陸軍大臣賞などを受賞。
戦後は、昭和29年に作刀承認を受け、いちはやく作刀を再開し、新作名刀展では、努力賞・入選を受賞多数、後進の育成にも努めました。
銘文は 「昭久」、「山上昭久」など。
「日本刀を二度蘇らせた男 栗原彦三郎昭秀全記録」によると、山上昭久の刀は昭和17年(1942)における現代刀匠の暫定位列表においても「貴品上位」最上大業、検査役格でした。
本刀は、直刃に湾れを交えた調子の刃取りに、華やかな逆丁子を見事に焼いた昭久の手による青江写しの一刀で、姿良く、匂口は焼頭締まるも総体に柔らかい感じで、足が随所に入った見事な出来口です。
また、注目すべきは本刀の登録年月日とその寸法で、御周知の通り、大名登録として知られる昭和26年登録の中でも、特に3月31日までの早い時期の登録は、大大名を中心とした華族の所蔵刀を中心に登録された期間であり、そのことからも、本刀が新潟県で名を知られる旧大名家の蔵刀であったことが容易に想像できます。
時折りしも終戦を迎える一年前。戦局厳しい中、徴兵または本土決戦のために、名家華族階級の男子が、己の軍刀として、また、本土に寄せてくる連合軍と対峙するための指料として、特に入念に鍛えさせた品であることが偲ばれ、二尺二寸程が定寸とされた軍刀にあって、二尺三寸は長く、ここからも別注品であることが窺がい知れます。
裸身重量は820グラム。拵に納め、鞘を払った状態で1,107グラム。柄は白革巻。金具は全て時代物。手持ちバランス良い第二次大戦期の名刀です。
余力がある方は、是非とも美術観賞用の研磨を施してください。
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/449/00.html
加賀守貞廣は、康継一門越前下坂派の刀工で、寛永十七年(1640年)越前下坂に生まれ、越前のほか京にても作刀した元禄頃の良工です。
加賀守藤原貞廣、高柳加賀守藤原貞廣などと銘を切ります。現存する物の多くは反りが程よくついた元禄期の姿の直刃仕立ての作品が多いようで、本作のように乱刃で寛文新刀然たる姿はは希少。貞廣の比較的若い頃の作品と思われ、そのためか壮年期の銘振りに比較すると、銘文も小さく華奢な感じを受けます。
本刀は刃幅ほぼ均等の高さに匂口明るい互ノ目を焼いており、足・葉良く入り、金筋や砂流が顕著に見られ、丁子がかった刃や矢筈ごころの刃、また互ノ目が二つずつ連なりごころを呈するなど、見所多い出来良い一刀です。
附属の拵はお殿様や上士に相応しい卯の花色の蛇腹糸を丁寧に編み込んだ手の込んだ巻きで、宣徳地の色鐔が上品さを引き立たせ、蝋塗鞘に施された丸に木瓜紋の金蒔絵が、更なる絢爛美を与えており、亀甲組の下緒が更にこの拵に華を添えています。
裸身重量は746グラム。拵に納め、鞘を払った状態で1,056グラム。手持ちバランス頗る良く、白鞘も附属第二次大戦期の名刀です。
余力がある方は、是非とも美術観賞用の研磨を施してください。
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。
関西(大阪豊中・兵庫川西)で古流居合術を学ぶなら、『修心流居合術兵法 修心館』
http://www.shushinryu.com
居合刀・武用刀剣から価値ある美術刀剣まで、日本刀・刀剣・古武具に関することなら『美術刀剣 刀心』
http://nihontou.jp