継ぎ研ぎ | 平成の侍 町井勲オフィシャルブログ『居愛道』Powered by Ameba

継ぎ研ぎ

継ぎ研ぎ




実は昨年11月に右手親指の生爪が剥がれてしまうと言うアクシデントに見舞われ、一ヶ月以上仕事ができませんでした。

爪が無いとこれほどまでに仕事にも、生活面においても影響が出るのかと思い知った次第です。

今現在、ようやく爪が2/3程伸びてきて、少し力も入れることができるようになりました。


グロい写真かもしれませんが

爪
これが剥がれた爪です


そしてこれが現在
生えてきた爪



まだまだ指先は痛みますが、納期を急ぐ仕事があり、外注では間に合わないと判断したため、少し無理を押して継ぎ研ぎしました。


継ぎ研ぎとは、全体を研ぎ直すのではなく、早い話が部分研磨のことです。

継ぎ研ぎの難しさは、他の部分に合わせなければならないこと。

今から13年程昔になりますが、初めて継ぎ研ぎの仕事を請けたときには、色々な意味で大損しました。


すでに故人になられている方のことを語るのもはばかられますが、当時僕の身に起きた騒動を語る良い機会なので書きます。


自分で言うのもなんですが、僕はその頃から試斬技術に抜き出ていました。
あの頃は試斬技術云々よりも、刀に助けられていると思われていた節もあり、周囲の人は

「町井の刀は良く斬れる。」

と、僕の刀を欲しがったものです。


大阪に谷田憲一氏なる全剣連英信流の先生がおられました。

英信流修業時代お世話になっていた吉岡道場の後輩に、試斬にはまっている者がおり、その者の紹介で谷田氏と名刺を交換し、氏が主催する試斬大会にも一度参加させていただきました。

当然と言うと天狗のようですが、二位とは圧倒的な差をつけ優勝しました。

いつものように人が寄ってきます。僕の刀を手にとって見たいと。
必然的に刀剣研磨の仕事をしていると、自分の話にもなりますが、谷田氏は居合を教えると同時に刀剣の売買も生業にされていました。僕と同業と言うことになります。


居合や抜刀道と言った侍にまつわる武術・武道の世界は、精神性に重きを置くイメージがありますが、内情はもう滅茶苦茶で、

「あなたは何を修業してきたの?」

と問い質したくなるほど、利害関係でドロドロしているものです…




谷田氏の門弟に守田宏氏なる人物がおり、ある日彼が僕に電話をかけてきました。


「切先で足を切ったら危ないからと言って、頼んでもいないのに横手から上を刃引きされた。」

と言うのです。

で、守田さんは勝手に刃引きした谷田氏に軽く抗議し、谷田氏は良かれと思ってやったことだが了解をとらずに刃引きしたことは悪かったと謝罪され、元通りに研ぎ直すことを約束されたそうです。

「ならば谷田先生に任せればいいじゃないですか。」

と僕は言ったのですが、

「世話になっている谷田先生に研磨代を支払わせてしまうことに気が引ける。研磨代は自分が出すから町井さん引き受けてもらえないか?」

と頑として譲りません。


「谷田先生は刀剣商としての顔もお持ちです。その門弟さんの刀をうちが手がけるのは筋違いだし、後々余計なことに巻き込まれるのは御免です。」

僕も断り続けましたが、

「町井さんに研磨をお願いしたことは絶対に他言しないし、迷惑はかけません。谷田先生に余計なお金をかけさせたくない。谷田先生を助けると思って、なんとかお願いします。」

あまりにも懇願されるものですし、谷田氏の客をとるわけでもなく、逆に助けることになるのならと、仕方なく請けることにしました。


ところがどうでしょう…


問題の刀はバフ研ぎの安価な居合用研磨。それに本手研ぎの美術研磨の継ぎ研ぎですから、部分研磨したところが全く合わず、見るにたえません…

丸くだれた鎬地や小鎬、筋切りしただけの横手など、元の研磨に合わせてもう一度やり直そうとしたのですが…

そこで頭に浮かんだのが、ひょんなことから僕が継ぎ研ぎしたことが漏れた時、他人は他に合わせて研いだ事情など知らず、仕上がりの悪いバフ研ぎの全体を見て、

「なんだこの下手な研ぎは。これが町井の研ぎか?」

と言われてしまうのではないか…


己の看板に傷をつけうることになると気付いた僕は、結局はばき元から切先先端まで、全てを研ぎ直すハメになりました。

2.5尺の刀ですから、通常なら25万円+消費税を頂かなければならない仕事を、継ぎ研ぎ料金であるたったの5万円で受けたことになります。

当然時間、労力も予定外にかかりました。

更に悪いことには、粗い砥石目がたくさん残っていたバフ研ぎでは判らなかった刃切までもが、入念な研ぎによってクッキリと姿を現してしまったことです。

依頼主にはすぐに連絡し、研ぎの中断を薦めましたが、最後まで仕上げて欲しいとのことで仕上げました。


研磨が上がった刀を引き取りに来て貰い、僕は割の合わない5万円を受け取りました。依頼主は大喜びです。

そりゃそうです。見違えるほどに良くなったのですから…



それから2ヶ月か3ヶ月がたったころです。
件の依頼主から電話があり

「やはり師に嘘をつくのははばかられたので、正直に町井さんに研いでもらったことを告白しました。」

と言うではありませんか。約束が違う!

守田さんが自ら話したのか、見違えるようになった刀を見て研磨に出したことが露見して仕方なく話したのか、今となってはどっちでもよいです。
僕にとって守田さんの行動は裏切り以外のなにものでもないのですから。
研磨に出したことがばれても、約束は約束です。僕以外の研師に出したとか、別の店を通して出したとか、適当に嘘をつくことはできたはず。

それなのに…
思いがけずも僕は矢面に立たされることになりました。


後日谷田氏からは猛烈な抗議の電話がきたのです。
本来谷田氏が支払うべき研磨代が浮いたことを感謝されこそすれ、責められる覚えは一切ないのにもかかわらず…

要約すると…

私に内密で私の門弟から仕事を請けたな。人の門弟(客)に手を出して、そこまでして金が欲しいか?
うちの門弟(客)から仕事を請けるのなら、私を通すのが筋だろう!

と言うものです。


汚く言えば、

「うちの客から仕事を請けたのだから、売り上げの一部を納めろ」

という内容です…




事情を何度説明しようとしても聞いてもくれません。
件の守田さんはと言うと… 事の次第を説明するどころか自分は関係ないかのように顔も出しません…

そのまま谷田氏は自分にかかわる人達に対し、僕の悪口を触れてまわりました。


町井は自分の客をとった守銭奴だと…


谷田氏にとっても良かれと思って受けた大赤字の仕事でここまで悪い噂を吹聴されてはたまったものではありません。

僕は谷田氏と直接話し合う場を設けて貰えるよう、谷田氏の知人にお願いしました。


近々谷田氏主宰の試斬大会があり、その後の打ち上げの宴会の席で話し合う場を作るので来て下さい。

仲介に入ってくれた人がそう言うので、誤解を解くべく会場に向かった僕でしたが、そこは話し合いの場ではなく、大会で集まった人々の前で、谷田氏が勝ち誇ったかのように僕に謝罪させる場でした。

事情を話そうとしたら皆の前で

「言い訳するなッ! お前は人の客に手を出したんだぞッ!」

と怒鳴るのみ…


まだ若かった僕は宴会の席の卓を引っくり返して大暴れしてやろうかと思いましたが、こちらから仲介をお願いした仲介人(恐らくこのような謝罪の場になるとは思っていなかったと思います)の顔を潰すわけにもいかず、唇をぐっと噛み締め、

「すみませんでした。」

と心にも無い謝罪の言葉を吐くほかなかったのです。



結局ちゃんとした話し合いはできず、誤解されたままで谷田氏は亡くなられましたが、「不義理」のレッテルをはられたあの事件に関しては、今思い出しても悔しくて悔しくてなりません。

仲介人の顔など考えず、その場を立ち去れば良かったと後悔の念ばかりが残るのです。


それ以降、僕は他所の道場の門弟さんの仕事に対しては

「あなたの先生がお世話くださった刀なら、先生にご相談すべきです。」
「あなたの先生は刀剣の売買もされていますよね。そこでお世話になるからには、刀も先生のところでお世話になるべきです。」

と、それまでに増して慎重に対応するようになりました。


そして、継ぎ研ぎの仕事も、外注に出すことはあっても、自分自身では行わないようになりました。



しかしながら今回は、馴染みのお客様のことでありましたし、期日も無いことから、珍しく継ぎ研ぎに手を掛けました。

幸い、下地が良い刀だったので、刃毀れをとった箇所意外は手をつけずに良いように、最小範囲で仕上げました。

刀身中央と横手よりやや下に小さな刃毀れが三箇所ありましたが、部分研磨にもかかわらず、手直しした痕跡は判りません。
我ながら巧く仕上げることができました。

写真は改正まで仕上げた時点でのものです。





下地からピシッと横手を立ててやると、刀はキリリと引き締まりますね。
筋切りでごまかし仕上げた横手とは全く異なります。

ちなみに今回も料金的には割りに合わない内容になりました。
居合に使う刀だということで、当初は横手も無く、筋切りでごまかす安易な居合研磨のつもりで引き受けたものですから…

仕上げた刀を眺めながら、

「せめてあと3万は欲しい…」

と呟いたところ、

「あんたはいっつも損な仕事ばっかり受けて…」

と、嫁が呆れた様子でぼやきました。


3万あったら、子供達と美味い物食べに行けたのになぁ…



やはり、継ぎ研ぎの仕事はもう請けるまい!

















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