昨日の稽古
17:00~ 巻藁準備
18:00~ 試斬
門弟達の斬稽古を見ていて、この日の稽古の課題を決めました。
今回の稽古の課題…
『僕が武術として求める袈裟斬り』
勿論、斬稽古の最中にも、実際に斬って見せ、それぞれの門弟達の動きを、動画に撮って比較させ、何が違うのか、どこを改善しなければならないのかを徹底指導。
使う得物が日本刀なのですから、刃筋さえ通れば、いえ、少々通っていなくとも、巻藁や竹程度なら、裁断できて当たり前なのです。
ただ、その程度の斬技術で、武術鍛錬を積んだ人を相手に通じるかと言えば、ハッキリ言って無力です。
19:00からは通常通りの形稽古ですが、初伝の形十一本を初伝の抜きで抜かせ、二巡目では中伝、奥伝、それぞれの技量に合わせて抜かせ、その後は木刀を用い、二人一組での袈裟斬り稽古。
どのような稽古をさせるのかは、相変わらずの非公開なのでここには記しませんが、腕だけで斬っている門弟には、対人相手にこの稽古法で袈裟斬りができません。
武術としての居合の根本は、身体捌きにあります。
木刀で稽古した後は、木刀を手刀に換え、同様の稽古を。
この日の稽古の終わりには、中段に構える相手の刀を、同じく中段に構えながら崩すというものを実践して見せました。身体捌きや袈裟斬りの本質が解らないとできない業です。
門弟達の受け身も、稽古回数を重ねるごとに上達しており、崩された瞬間に自ら受け身をとることで、相手の斬撃をかわすことがそれとなくできるまでに育っており、教え甲斐を感じる今日この頃です。
門弟の数がさほど多くない、今だからこそ、細かいところまで教えることができるのだと思います。
それほどの少人数でも、業を全て伝えることができるかと言えば、僕にも正直わかりません。
何故なら内弟子のように毎日修行ではなく、それぞれが生活しながら、限られた時間でのみ修行せざるをえないからです。
かく言う僕自身だって、金銭的にも、時間的にも、有り余る余裕があれば、業の研究や、他流の稽古も重ねながら、更に自らが求める武術的居合を高めたいと切望してやまないのです。
宝くじでも当たれば…
1年程、朝から晩まで、寝る間を惜しんで修行に励んでみたいものです。
18:00~ 試斬
門弟達の斬稽古を見ていて、この日の稽古の課題を決めました。
今回の稽古の課題…
『僕が武術として求める袈裟斬り』
勿論、斬稽古の最中にも、実際に斬って見せ、それぞれの門弟達の動きを、動画に撮って比較させ、何が違うのか、どこを改善しなければならないのかを徹底指導。
使う得物が日本刀なのですから、刃筋さえ通れば、いえ、少々通っていなくとも、巻藁や竹程度なら、裁断できて当たり前なのです。
ただ、その程度の斬技術で、武術鍛錬を積んだ人を相手に通じるかと言えば、ハッキリ言って無力です。
19:00からは通常通りの形稽古ですが、初伝の形十一本を初伝の抜きで抜かせ、二巡目では中伝、奥伝、それぞれの技量に合わせて抜かせ、その後は木刀を用い、二人一組での袈裟斬り稽古。
どのような稽古をさせるのかは、相変わらずの非公開なのでここには記しませんが、腕だけで斬っている門弟には、対人相手にこの稽古法で袈裟斬りができません。
武術としての居合の根本は、身体捌きにあります。
木刀で稽古した後は、木刀を手刀に換え、同様の稽古を。
この日の稽古の終わりには、中段に構える相手の刀を、同じく中段に構えながら崩すというものを実践して見せました。身体捌きや袈裟斬りの本質が解らないとできない業です。
門弟達の受け身も、稽古回数を重ねるごとに上達しており、崩された瞬間に自ら受け身をとることで、相手の斬撃をかわすことがそれとなくできるまでに育っており、教え甲斐を感じる今日この頃です。
門弟の数がさほど多くない、今だからこそ、細かいところまで教えることができるのだと思います。
それほどの少人数でも、業を全て伝えることができるかと言えば、僕にも正直わかりません。
何故なら内弟子のように毎日修行ではなく、それぞれが生活しながら、限られた時間でのみ修行せざるをえないからです。
かく言う僕自身だって、金銭的にも、時間的にも、有り余る余裕があれば、業の研究や、他流の稽古も重ねながら、更に自らが求める武術的居合を高めたいと切望してやまないのです。
宝くじでも当たれば…
1年程、朝から晩まで、寝る間を惜しんで修行に励んでみたいものです。