サンデー毎日で連載を始めました。
日本でいちばん選挙に強い無所属議員――。
自民党の総務大臣経験者は緒方林太郎(53)のことをそう評した。洞海湾岸を望む政令市北九州西部の福岡9区選出の衆議院議員である。かつて八幡製鉄所で栄えた「鉄の街」の小選挙区で5選を積み上げてきた。さる2月8日の投開票結果は36万あまりの有権者のおよそ28%、10万800票をつかんだ。自民党が公認した次点の三原朝利の6万7073票に4万票近い大差をつけて圧勝している。東京大学を中退して1994年に外交官になり、国会議員に転身した超エリートに見える。が、実は苦労人でもある。
――どのような生い立ちだったのか。
「私の生まれた1973年1月はまだ鉄(鉄鋼業)の華やかなりし時代でした。父は新日鉄のサラリーマンで、八幡西区の鉄竜という町の社宅で生まれ育ち、福岡県立東筑高校を卒業して平成3(1991)年に東大の文科Ⅰ類(教養学部)に入りました。大学入学時はまだバブルの残り香があり、北九州にも活気がありました」
――東筑高校は県内屈指の進学校であるけれど、東大に現役入学できる生徒はさほどいないイメージがある。珍しいのではないか。
「私の年で数人、その前には二けた東大に入った時期もあったそうですから、そうでもないと思います。去年、『文藝春秋』(2024年12月号)巻頭グラビアの『同級生交歓』にいっしょに出た同級生の中には、外資系金融のクレディ・スイス証券前代表取締役社長兼CEO・桑原良さんもいます。東大文科Ⅰ類の入学者といえば、4~5割は国家公務員Ⅰ種(現・国家公務員総合職)の試験か、司法試験を受けるような学生ばかりなので、みな法律を勉強し、1年生の頃から司法試験予備校に通う人たちもいました。そのなかで私は初めから外務省を念頭に置いて、学生生活を送ってきました」
――なぜ大半の東大生と異なり、外交官になろうとしたのか。
「今は制度がなくなったけれど、当時は20歳で外務公務員Ⅰ種(現・国家公務員総合職)試験を受けられました。つまり大学3年で試験を受けて合格する学生が毎年3〜4人いました。私の家はあまり豊かでなく、鉄冷えで父が出向させられて給料が下がっていたので、3年で大学を終えられれば家計が助かる。私は長男で郷里にすぐ下の弟がいて、同じように東京の大学に行きたがっていました。で、試験に受けたらたまたま合格したのです」(以下略)