朝靄につつまれた、国境の峠道に人影が現れた。灰色のマントにフードを目深に被り、左手には杖をついていてそれに少し頼るように歩いていた。
「ご覧、見えてきたよ。あれが今度の目的地、ラーナティアだ。」
明るい、少年の声だった。それを聞く人影は周囲に見当たらなかったが、確かに峠からは遠く町が望めていた。山に囲まれ緑の森や畑に取り巻かれた町の中心に、白壁の城が建つのが小さく見えた。
「…あそこで、僕の探し物は見つかるのかな?」
そのとき一陣の風が吹き抜けて、少年のフードを飛ばした。朝日を受けて銀色の光がきらめいた。淡い栗毛色をした少年の髪は、右側だけが白髪と化していた。少年はまぶしそうに目を細めた。
***
「さーて、そろそろ観念しておとなしく一緒に来てもらいましょうか?」
岩壁に挟まれて走る狭い道で、多勢の一団に一人が取り囲まれていた。その白いマントとフードに身を隠した人物は細身で小柄だったが、周囲の男達は皆屈強でさらに剣や鎧で武装していた。
「これ以上悪あがきをするようなら、こっちも手荒な真似をすることになりますぜ。」
そう言いつつ徐々に包囲の輪を縮める。真中の人物は辺りを見回したが、どこにも逃げ道はなかった。そのときだ。
「あのー、すみません。ちょっと良いでしょうか?」
いつのまに現れたのか、集団の後ろから少年が声をかけてきた。先ほどの杖をついた少年だった。
「な、何だ、おまえは?」
「”まふうどう”に行く道が知りたいのですけど…。」
「まふーどー?ああ、魔封洞か。確かにこの先だが…。」
「そうですか!ありがとうございます。助かりました。」
そう言うと少年は無造作に集団の中を横切り始めた。
「おいっ!ま、待てっ!」
「はい、まだ何か?」
「何かじゃ無い!見て分からんか!?」
少年はゆっくりと周りを見回し、初めて異常に気付いたようにこう言った。
「これはこれは、お取り込み中でしたか。すぐ消えますので、どうぞ気になさらずに。失礼しました。」
そしてまた何事も無く歩き出した。男は顔を引きつらせて叫んだ。
「失礼しましたじゃ無いだろっ!!…魔封洞に行こうとは怪しい奴め。おい、こいつも引捕まえるぞ!」
その声を合図として、男達は少年と細身の人物の二人に一斉に距離を詰めた。今にも飛びかかろうと言うその瞬間、
「…おお!?うわあぁっ!!」
突然に轟々と唸りをあげて猛烈な風が吹きつけてきた。真っ直ぐに立てないほどの強風に煽られ、砂塵が噴煙のように激しく巻き上がる。男達は足を取られて目をふさがれ、大混乱に陥り出した。
「今のうちです。さあ、早く。」
中央の人物に近寄って少年が言った。その言葉に驚いた様子だったが、申し出にはすぐに従った。少年が手を引き二人は身を低くして走った。暴風の中を、少年はまるで風の抜け道を知るかの如く平然と通り進んで行った。風がやんで男達が体勢を立て直したとき、二人の姿はもうどこにも見えなくなっていた。
***
二人はそのまま道を走り続けた。少年は杖をつきつつも進む速さは普通と変わりなかった。突然白マントの人物が止まった。
「こっちよ。」
今度は少年の方が驚いた様子を見せた。岩陰に一見しても分からないような空洞が開いており、二人はそこに身を隠した。やがて男達が後を追ってきて、気付かずにそのまま通り過ぎて行った。その気配が完全に去ったのを確認すると、白マントの人物は砂埃を払ってフードを取り、少年に言った。
「よく分からないけど、助けてもらったみたいね。礼は言っておくわ。ありがとう。」
それは年の頃は少年とそう変わらない、少女だった。
(続く)