今夜も眠れずの森の中、誰かに見つけてもらいたいかの様にモクモクとタバコに火を付ける。

いがらっぽい喉の不快感もなんのその、素敵な夢が訪れる直前まで吸い続ける。吸わない人には、理解不能な、拷問を自分で施している状況に見えるだろう。しかし、これが今の私の唯一の幸せ、なのだ。


私がタバコと出会ったのが、忘れもしない12の夏。タバコに関しては悪友の誰よりも早かった。

アニメのキャラクターに、かっこよく、そしていかなる場合であってもタバコを吸う、なんてヤツがいた。

そのキャラクターに私はあこがれた。

というより、私の<大人>というものの象徴の様なものだったんだと思う。

吸ってみたい。大人とは何なのか、、、知りたいっ!!

そう思った私は心の赴くままに行動に移した。


私の親父は狂おしい程の愛煙家だった。

なので、タバコを手に入れる事に関しては容易な事だった。

意を決し、親父の部屋に忍び込んでマイルドセブンを一本失敬した。

しかし、この先の手順がわからなかった。

どうやって吸えばいいのか、そしてどう味わえばいいのか。もちろん味なんてわからないし、当時の私は苦いチョコレートの味がすると思っていた。

少しの間、研究する事に決めた。

失敬した大人の象徴とも言える大切なタバコは、鍵のかかる学習机の引き出しにティッシュにくるんでしまって、親父が吸っている様や扱い方、吸い方など、徹底的に研究した。

親父が寝転がって野球を見ながら吸っていて、その後ろで母親は臭い煙いとはやし立て、その間で私はオレンジ色に光っては消える親父の口元を凝視する、何とも馬鹿な風景である。

その馬鹿の積み重ねが功を奏し、なんとなくではあるがタバコを吸う行為が理解出来た。

そしていよいよ火を点ける決心をした。

家族が寝静まった0時過ぎ。

夜な夜な仏壇から線香の点火用に常備しているマッチを拝借し、引き出しの鍵を開け、ティッシュを広げて大人の象徴である大切な一本を取り出し、部屋の窓を開け、風がながれる方向を確認し、風上側の窓縁に半身を投げ出し、右手にマッチ箱を持ってくわえたっ!!そして、、


「あんた、まだ起きてるの???…、、、何してるんっ!!!」

母親だった。

言い逃れ無用。完全に現場に踏み込まれた。証拠満載、私は半泣き。

真夜中の家族会議が始まった。

母親は泣いている。

親父は自分の脇の甘さをまず母親に詫びてから右手に竹刀を取った。親父は剣道6段(当時。没前は7段)。私は生まれて初めて血の気が失せる感覚を知った。


もうやらない。

やってもいいが大人になるまで。

誓約書じみたものを書かされ、竹刀は振りかざされる事は、、なく、その日はおとがめだけで済んだ。


それからしばらくして、悪友の先輩、と称する輩からセブンスターなる、これまた大人の象徴が流れてきた。当時流行った(のか??)先輩からの強引な売買。当時220円だったと思う。それを100円で買えと、今思ったら笑いがでる程うれしい値引きだが、当時13歳の私ら悪友にとって、タバコを所持する事曰く、

警察に捕まる。

というイコールで式が成立していた。

といっても、断ったらなんたらかんたらと、無料で脅し文句をサービスされたんで仕方なく私が支払い、近くの公園でどうするか皆で考える事となった。

馬鹿が馬鹿を持ち込んで馬鹿な答えをはじき出すので、まとまる訳でもなく、良い案が生まれた訳でもなく、結局その日は何も浮かばず、結局、好きな子が誰かで盛り上がる始末。本当に馬鹿だ。


何日かして、タバコは、、公園の老人会が管理しているグランドゴルフの道具置きになっていたコンテナの隙間に差し込んで、誰でも吸っていいという事にした。


週休二日制が施行されて間もない頃。夏の第二土曜日の早朝だったと思う。

私は早起きして散歩する事が当時好きだった。

そして、アレを隠してある公園も、散歩コースの中に入っていた。

あれから三ヶ月は経っている。

公園までやってきた。ここで給水するのがいつもの日課だった。

グランドゴルフの道具置き場が目に入った。

私の頭の中によぎるもの。もちろんアレしかない。


いやいや。。もう無いだろうし、もしあったとしても雨や風でぐちゃぐちゃになっているだろう。


きっとそうだ。

ないなぃ。。。


きれいな未開封のセブンスターが、しっかりとコンテナの隙間に挟まっていた。


あった。。。。。

私の頭の中によぎるもの。


マイルドセブン。

親父の吸い様

母親の涙

誓約書

悪友の顔

セブンスター

セブンスター

セブンスター

セブンスター

セブンスター!!!!!


気がつけば私は持ち帰ってしまっていた。

幸いな事に玄関を入ってすぐの食卓にはまだ家族は降りてきていなかった。

私はすかさず仏壇からマッチを拝借し、そしてもう一度外で出た。

近くの商工会議所の裏に空き地がある。私は大人への階段を上る場所にここを選んだ。


周りに誰も居ない事を確認し、ビニールのパッケージをはがし、銀紙を破いて、親父よろしくトントンと叩き、何本か飛び出たタバコの頭の中から一本抜き取った。

フィルターをはじ噛んで、線香くさいマッチ箱から一本取り出しシュッと擦った。

消炎の煙に目を染みらせながらタバコの先を赤々と燃えるマッチに傾けた。

ジリジリと巻紙が燃える音がする。それに呼応するかの様に心臓も鳴り響く。

私は登るのだ。大人への階段を登るんだっ!!

H2Oのあのメロディが頭の片隅に流れている。

私はフィルター越しに空気を目いっぱい吸い込んだっ。


まるで生クリームの様な重たい空気が口腔内を支配している。

私は少し怖くなった。

一回だそう。。。そうだ一回出そうっ!

そう思った瞬間、気管に煙りが触れ、私はぜんそくにでもなったのかと思う程むせかえった。生まれて初めての洗礼を受けた、そんな感じだった。

…違う。。

何かが違う。

だって、親父は笑顔で嗜んでいるし、美味しい美味しいと言っているじゃないか!

しかも吸い過ぎたら癌で死ぬ、なんて言うじゃないかっ。親父はこんなまずいものを命を削ってまでも吸いたいのか??いや、きっと何か手順があるんだっ!!

せっかくつかんだチャンス。今日間違えばもう二度と来ないだろうとまで、私は大人への執着を見せていた。

思い出せっ

親父の行動を思い出せっ!!

私は以前研究した資料を頭の中でめくったっ!めくったっ!!

見つけたっ!!!!


親父は口に煙りを溜めた後…、、、、、飲み込んでいたっ!

そうだっそれだっ!!

私は半分以上灰になっていたセブンスターを足でもみ消し新しいものにまた火を点けた。なぁに。まだまだ残っている。

マッチにひをつけ、くわえ直したタバコに再度火を灯した。

口の中に煙が入ってくる。

そこまではもう経験済みだ。もう少しだ。もう少しで。。

またあの曲が流れてきた。心臓も再度フル稼働。

さぁ、、いくぞっ!!せ~のっ!!

私は煙を一気に飲み込んだ。

スコーン。。

どこかでこんな音が鳴った。

そして気がつけば煙がどこにも見当たらない。私は少しパニックになった。

すると数秒後、鼻や口から煙があふれ出てきた。

むせかえらないし、なんだかフワフワする。

私はそんな感動、、、かどうか自分では判断できない心境に自問自答を繰り返しながら、まっすぐ歩く事が出来なくなるまでタバコを吸った。自分で導き出した答えが正解かどうかわからない儘に。


それから。

私は隠れて毎日吸う様になり、悪友の誰よりも先に銘柄を覚え、遊び吸い(ツバメ返しや鯉の滝登りなどww)なども披露したりと、馬鹿さ加減に磨きがかかっていった。


初めての一本からもう20年。

継続年数、という括りだったら、趣味の音楽や勉強などをぶち抜いて喫煙年数が一位になる。

近年の禁煙ブームのおかげで喫煙出来る場所が減ったり、好きな味のタバコが急に薄味限定になったり、肩身が狭くなってきてきている。

止めようと思った事もあるが、数時間で挫折。私には無理なんだと悟ったら、楽になった。

神様が

「酒を一生呑むな」

とおっしゃったならば私は即答でイエスと答える事が出来る。アルコールに対する欲が私にはない。

しかし、

「タバコを吸うな」

とおっしゃったならば、、私は、、、




とりあえず、Eコードでもズンチャカ弾いて、歌に合わせて神様の隙を突く、そんな姑息な技に磨きをかける事だろう。

一日かけてハイライトを灰にする。身体に似合わない、人様からもらった小さな灰皿がおどろく程の速さで一杯になる。この文章をタイピングしながらも尚、口の数センチ前で煙を立てて、ハイライトはその役目を全うしている。やることがない。

 なんとか人間というカテゴリーの中に滑り込む事が出来た私は、30数年間色々な言葉という道具の使い方を覚え、その言葉に支配され、そして、、その言葉に偽りを飾る術を習得した。きっと猿ではないと思う。

一日というのは本当に長い。自分を縛り付ける物を取っ払うと、取っ払ってしまうと、本当に長い。

この煙の充満した檻の中でまた煙を吐き出し、見えすぎてしまう自分の様から逃げる様に布団の中に潜り込もうにも、私は眠るという行為を忘却してしまった様だ。現在43時間ほど、現実を見ている。

薬。酒。安眠という贅沢に渇望し、色々な毒を服用したが、神様はそれを与えたもう事は無く、大農園の主さながら、やたら多くなった羊の頭数を数える事に躍起になっている。苦しいのか、恍惚なのか、それすら誰かに教えを請いたい所まで私はやってきてしまった様だ。


生きるという事は罪深い事だ


なんていう言葉を聞いた事がある。

私はその罪すら作る事が出来ていない。

一般的に生きるとは、もうこの年になって十分理解している事だが、

仕事をして

家庭が出来たならその為に粉骨砕身犠牲になり、

食事をし

排泄をし

時には心地の良い空間に身を放ち

自然に訪れる眠気に抵抗する事なく瞳を閉じて明日を迎える。まぁ、そんな所か、、、いや、違うのか??


私には上記の項目のうち、

食事

排泄

無重力化した空間の中で無駄に付いた脂肪を揺らしながら呼吸をしている

すなわち、社会不適合者の典型、なのだろう。そこは別段、人様に馬鹿にされても自覚(アリ)なので何の抵抗もせずに、はいそうです。と、笑顔…までは作るつもりはないが苦い笑いで取り繕っている。


無駄に生きて居る。

しかし、この無駄の中に、一瞬でも光るものがあったりしてしまった。その為が故に、今のこの腐敗の塊を転がして遊んでいる様な現状から抜け出せずにいるのかもしれない。自己分析は死ぬ程やっている。無意味に。。。


本当は、

仕事もして、

家庭を持てる様に努力を惜しまず、

人様の役に立てる様にプランニングなんぞをかまして、

一丁前に生きていきたい。その気持ちには嘘はない。しかし。しかしだ。


何がそうさせるのかわからないが、、、、、出来ない。。まだ出来ない。。

言い訳をだらだら並べるつもりはない。私はダメなのだ。

自分に不都合が生じた場合、真っ先に安全圏まで脱出する。

友人なんぞはいるが、今となっては、この様を見抜いたか知ったか、どうしても必要な案件がない限り、この無駄に最新の携帯電話は鳴らない。

そんなもんか。

なんてまた、自分に都合のいい理屈を引っ張り出し、丁寧に磨いて神棚に奉る始末。

三回死なないと直らない。


一日は本当に長い。

虚しさと儚さの狭間で画面の右下に出ているデジタル時計のカウントを見つめている。このカウントは増える事はあっても、減る事はまずない。確実に時間は過ぎているのだ。

明日はこうしよう。

明日こそああなってやろう。

明日こそは、

明日こそは、、、

私にとって、明日というものは麻薬に近い存在なのだろう。

ぎりぎりまで明日から逃れ、とうとう明日になった時、また(今日)になる。そしてまた長い長い時間の中でハイライトを灰にする事だろう。時間は残酷だ。

父親のしたかった事って、どれだけあったのか。

何ヶ月も先の予定を手帳やカレンダーに書き込み、毎月めくるたびに一日から月末までびっしりとペンで予定が書かれていた。

剣道の練習。

仕事上での付き合いや趣味を生かす時間。

山に行く。

川で石を拾う。

剣道を自分の生きる道としてとらえ、地質学を得意といしていた父親ならではの予定。

三月以降の予定は、、、



もう達成する事も、

さらに書き足す事も、もうできない。


だから代わりに、、


なんて事はできそうにないけれど、

父親が予定していたところや、以前の職場や学校には、週末を利用して家族と一緒に行こうと思っている。


あの日から、

私の車には親父の隆々としていた、<あの頃>の写真を乗せて走っている。

一日に何度も話しかけたり、

語尾に「なぁ、父さん」と、無意識につけて独り言を発していたり、何かと父親の存在を探している様な気がしてならない。

ろくに親孝行もできず、

好き勝手な事をして、尻ぬぐいばかりさせてしまった後悔の念。

親不孝者としてこれから生きていかなくてはならない定め。


残された家族への思い。


今。

いくつもの思案を抱えながら生活している。

きっと親父は毎日、こんな感情だったんだろう。

家族の為になる事ばかり考えて、自分のしたいことは後回しして、


「金に困ったらいつでも言うてこい。そんな小さい事で悩んで時間を無駄にするなっ」


そんな言葉。今の私には言える自信がない。


大黒柱を失った我が家。もしかしたら地面から少し浮いているのかもしれない。

どれほど偉大で、頼りがいがあって、有言実行だった親父の存在が今もなお色濃く残る親父の書斎で今私は書いている。

もしかしたらこの文面を見て添削するんじゃないのか、なんてカルトじみた考えも少し。。


これからが大切。

今をどう生きるか。

時間をどう使っていくか。

この一瞬一瞬に、命をかけて

それがもし短くとも

それがもし小さな灯火だったとしても

後悔の燃えカスだけは残さずに

次の一秒目から生きてやるっ!!


とまぁ、、

こんな気持ちです今は。